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旅行記・乗車記・フェリー乗船記やアイヌ語地名の紹介など

太平洋フェリー「いしかり」スイート乗船記(朝の船内ウロウロ編)

朝食を食べ終えたので、改めて船内をウロウロしてみましょう。6 甲板の左舷側、「ピアノステージ」の近くには喫茶・軽食の「ヨットクラブ」があるのですが、「ヨットクラブ」の横のイートインスペースにはヨットの模型?が飾ってあった……のですね(今頃気づいたらしい)。

【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 4 月~ 5 月時点のものです。新型コロナウイルス感染症パンデミックにより、各種サービスの実施状況や運用形態が現在と異なる可能性があります。

展覧会の絵

「ヨットの模型」のところから船尾方向に歩いていくと、「プロムナード」の手前に「スモーキングルーム」がありました。オープンスペースのスモーキングルームは各階ごとに一箇所ずつ設けられているようですね。

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北海道のアイヌ語地名 (969) 「アタックチャ川・タテクンナイ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

アタックチャ川

acha-kucha?
伯父(叔父)・山小屋
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)

日曜のクイズ番組と言えばやっぱり児玉清ですよね(いつの時代だ)。「アタックチャ川」は斜里川の西支流(南支流)で、上流部には「緑ダム」があります。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「アタツクシヤ」という名前の川が描かれています。明治時代の地形図には「アタツクチヤ」と描かれているので、ほぼ同じ形で現在まで残っていると言えそうでしょうか。

永田地名解には次のように記されていました。

Atat kucha   アタッ クチャ   魚肉ヲ背割シテ乾ス小屋 「アタッ」トハ魚肉ヲ二ツニ縦切スルヲ云フ細切スルニアラズ

atat という語は今まで見聞きした記憶が無いのですが、「アイヌ語千歳方言辞典」には次のように記されていました。

アタッ atat 【名】 魚を川の流れに何日かさらしてから三枚におろし、 さらにそれを縦四つに細く切り裂いて干したもの。
(中川裕「アイヌ語千歳方言辞典」草風館 p.9 より引用)

もしかして「鮭とば」みたいなものなんでしょうか。そういや「鮭とばイチロー」は今も絶賛販売中みたいですね。

それにしても、魚肉の干物であれば何もこんな山の中で……というか、そんなに場所を選ばないような気もする(=地名となる必然性に欠ける)のですが……。「斜里郡アイヌ語地名解」には次のように記されていました。

 アチャクチャ(acha-kucha 伯父の・山小屋)或は「アタックチャ」(atat-kucha 鮭を背割にして乾すものを造つた小屋)。

そう言えば「アチャパチャノチャ」という童謡があったな……と思ったのですが、あれは北欧ラップランドの民謡なのだとか。「ラップランド」という呼称も実は蔑称であるらしく、使用にあたっては慎重になるべきとのこと。

本題に戻りますが、やはり知里さんも「鮭の干物をつくる小屋」は変だと感じたのか、acha-kucha で「伯父(叔父)・山小屋」ではないかと考えたようですね。「伯父さんの山小屋」というのもちょっと変な感じがしますが、「ナンバー 2 の山小屋」と考えることができるかもしれません。

あるいは aw-ta-kucha で「隣・の・山小屋」あたりの可能性もあるかな、とも……。ニュアンスとしては acha-kucha と同じで、「隣の山小屋」は「第二の山小屋」と言った風に捉えられるかな、と。

タテクンナイ川

kutek-un-nay
仕掛け弓を仕掛ける木・ある・川
(典拠あり、類型あり)

「アタックチャ川」の 0.8 km ほど上流側で斜里川に合流する東支流(北支流)です。「東西蝦夷山川地理取調図」にはそれらしい川が見当たらず、永田地名解にもそれらしい記録が見当たりません。

ただ、明治時代の地形図には「クテクンナイ」とあります。「斜里郡アイヌ語地名解」にも次のように記されていました。

 クーテクンナイ斜里川左支流) 「クーテク・ウン・ナイ」(ku-tek-un-nay 仕掛弓の垣のある沢)。
知里真志保知里真志保著作集 3斜里郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.257 より引用)

kutek-un-nay で「仕掛け弓を仕掛ける木・ある・川」と見て良さそうですね。ほぼ同名の「クテクンベツ川」が標津町にあるほか、標茶町の「クニクンナイ川」も同型だと考えられます。あと足寄町の「ウッテキウンナイ川」も同型じゃないかと思うのですが……。

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北海道のアイヌ語地名 (968) 「タラタラッペ川・ハトイサッツル川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

タラタラッペ川

taratarak-pe?
(小石などで)でこぼこしている・もの(川)
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)

札鶴川の東支流で、ニッパコシキクウシナイ川の 1.8 km ほど南で札鶴川に合流している……と言っても「???」となりそうですが、「『神の子池』の 2 km ほど北で札鶴川に合流している」と言えばなんとなく場所を把握できる方もいらっしゃるかもしれません。

地理院地図にも川名の記載がありますが、意外なことに「東西蝦夷山川地理取調図」にはそれらしい川名が見当たりません。ただ、「竹四郎廻浦日記」には次のように記されていました。

少し行て
     ニシバコレキルシ
川有。橋を架る。此辺にて大古夷人の酋長死せしと云訳なりとかや。又坂道少し行
     ウフンコイ
此辺いよいよ谷地多く、地名は谷地に近よりしと言事也。
     タラタラ
小川有。渉りて谷地え懸る。ダラダラは川下に石有ると云ことなりける。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 下」北海道出版企画センター p.398 より引用)

明治時代の地形図には「タラタラペ」という名前の川が描かれていました。すぐ北には「ウヌンゴイ」という地名(だと思われる)が描かれているのですが、これは斜里町の「ウヌコイ川」と同じく ununkoy で「(行き止まりの)断崖」である可能性が高そうに思われます。

タクタクベオベツ川?

斜里郡アイヌ語地名解」には次のように記されていました。

 タッタッペオペッ(札鶴川左岸支流) 「タッタッペ・オ・ペッ」(taktakpe-o-pet 玉石・ごろごろしている・川)。
知里真志保知里真志保著作集 3斜里郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.255 より引用)

白糠町の奥の方、国道 274 号沿いを「タクタクベオベツ川」という名前の川が流れていますが、それと同じではないか……という説ですね。taktakpe という語は手元の辞書類には見当たらないのですが、tak あるいは taktak であればいくつも確認できます。

一例として、「地名アイヌ語小辞典」には次のように記されていました。

tak-tak, -i/-u たㇰタㇰ 球;玉石;ごろた石。
知里真志保地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.128 より引用)

また taktakse でも「球」を意味するとのこと。taktakpetaktak-pe と考えて「球・もの」と解釈することも可能かもしれませんが、「球」自体が「球形のもの」なので「球形のもの・もの」というのも収まりが悪い感があります。

また「タㇰタㇰ」が「タラタラ」に化けたというのも疑問が残ります。tararke で「(石などがごろごろころがって)でこぼこしている」という自動詞がありますが、tararke と同じ意味の taratarak という自動詞があるので、「タラタラッペ川」は taratarak-pe で「(小石などで)でこぼこしている・もの(川)」と見て良いのではないかと思うのですが……。

ハトイサッツル川

to-e-{sak-ru}??
池・頭(水源)・{札鶴川}
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)

札鶴川の西支流で、上流部に「神の子池」がある川です。道道 1115 号「摩周湖斜里線」から「神の子池」に向かうダート路は「ハトイ札弦川林道」という名前で、「札鶴川」と「ハトイ札弦川」でびみょうに字が違うのも面白いですね。

明治時代の地形図には「トイサックー」と描かれていました。また「竹四郎廻浦日記」には次のように記されていました。

少し行き
     トイシヤル
トイシヤツルなるよし。今迄の川より少し大し。歩行渉り。此川にも秋味多と。地名は川源に沼有ると云事也。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 下」北海道出版企画センター p.398-399 より引用)

斜里郡アイヌ語地名解」には次のように記されていたのですが……

 トイサッル(札鶴川右岸の枝川)「トイ・サッル」(toy-Satru 土の流れるサッツル川)。ポン・オニセㇷ゚(Pon Onisep オニセブの子川)とも云う。
知里真志保知里真志保著作集 3斜里郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.255 より引用)

よく見ると、「ポン・オニセㇷ゚とも云う」とあるのですが、「ポンオニセップ沢川」は随分と離れた場所(JR 釧網本線の西側)を流れています。また「トイサッル」は「オニセプ」の直前に立項されているので、やはり「ポンオニセップ川」が「トイサッル」であると認識されているように見えます。

「トイシヤツル」と「トウサツル」

改めて「東西蝦夷山川地理取調図」を見てみると、ここでは「ヲニセツフ」の上流側に「トイサツル」と描かれています。該当しそうな川も存在していて、この川の名前は不明ですが、川の西側を「クルミの沢林道」が通っています。

ただ「東西蝦夷山川地理取調図」における「札鶴川」の描かれ方には大きな疑義がある(「札鶴川」に相当する川が二つ描かれている)ため、この川については一旦無視しても良さそうに思えます。

「辰手控」には「トウサツル」という記録もあるのですが、これもよく見るとかなり混乱が……。前後関係を把握するために長い目に引用しますと……

○サツルエヒラ 小休
 サツは夏、ルは道、夏にても冬にても此道を通ると云こと也
 ○サツル
  ヲニセツフ 小川右
  トウサツル 小川 此川ワツカウイの下也。
  タラツタラッヘ東へ入小川 此川はこゆる也
  下にニシハコシキルシ
○ヘツウトルクシナイブト
 シヤリ川とサツル川との間を通ると云こと。ブトは口也。小川有
○シヤリルエランニ
 川端へ道より下ると云こと也。五六丁行、昼休所也。むかしは此処になし。是よりシヤリ川端を通りし由、よって此名有
 坂道下り
○ニシハコシキルシ 川有橋 坂下り
○ウヌンコイ
 坂を下り此辺より谷地多く難所
 タラタラ 小川有
トイシヤツル 中川
 此川秋味入込也、道わろし
○ワッカウイ 川、はし三ケ所有。
松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 三」北海道出版企画センター p.339 より引用)

……こんな感じでして、「トウサツル」と「トイシヤツル」が存在していたりします。ただよく見ると、あの「ニシハコシキルシ」が複数回登場していて、明らかに記録が重複しているように見受けられます。

更によく見ると、知里さんが「トイサッル」とした川の近くに「トウサツル」があり、現在の「ハトイサックル川」に相当する川として「トイシヤツル」とあります。もう何がなんだか……という感じですね。

とりあえず、「ハトイサックル川」については矛盾する記録がいくつもあり、何がなんだかワケがわからん、ということがわかりました(ぉぃ)。しかも「ハトイサックル川」の「ハ」については影も形も見当たらないという話もあります。

「トイサックル」をどう考えるか

「ハ」については一旦諦めるとして、「トイサックル」をどう解釈するかを考えてみましょうか。「トイ」は toy で「土」と見るべきなのでしょうが、ただ「神の子池」の存在からは、to で「池」と考えたくなります。

となると「トイサックル」の「イ」をどう解釈するか……という問題が浮上するのですが、うーん、e で「頭(水源)」と解釈するしか無さそうでしょうか。仮に e を「食べる」と考えれば「池が食べる札鶴川」という謎な地名ができあがりますが……。我が子を食らうサッツル川でしょうか(違うと思う)。

結局のところ、やはり to-e-{sak-ru} で「池・頭(水源)・{札鶴川}」と考えるべきなんでしょうか。……あ、「竹四郎廻浦日記」にそう書いてあったような(汗)。

あと「ハトイサックル川」の「ハ」についてですが、皆目不明ということで(すいません)。

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太平洋フェリー「いしかり」スイート乗船記(二日目の朝食編)

二日目の朝を迎えました! 太平洋フェリー「いしかり」は銚子沖を順調に航行中です。

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5 枚綴りの食事券は、まだ 4 枚残っています。左端と右端がどちらも「食事券」なので、「食事日」を確認してからカットします。

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太平洋フェリー「いしかり」スイート乗船記(船内ウロウロ編)

ラウンジショーが終わった後は、6 甲板の最後部にあるラウンジ「ミコノス」から 6 甲板の最前部にある客室に戻ることになります。あとは特にイベントは無く寝るだけですので、船内をウロウロしてみましょうか。

【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 4 月~ 5 月時点のものです。新型コロナウイルス感染症パンデミックにより、各種サービスの実施状況や運用形態が現在と異なる可能性があります。

自販機コーナー

ということで、用も無いのにフラっと 7 甲板にやってきました。1 号機エレベーターの横には自販機コーナーがあります。

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太平洋フェリー「いしかり」スイート乗船記(スペシャルゲスト編)

「ザ・サウンドスピリッツ」さんのラウンジショーに、突如スペシャルゲストの方が乱入?したのですが……

【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 4 月~ 5 月時点のものです。新型コロナウイルス感染症パンデミックにより、各種サービスの実施状況や運用形態が現在と異なる可能性があります(2022 年 9 月時点ではラウンジショーは休止中とのこと)。

実はこの方は「大地千春」というお名前(芸名ですよね)とのこと。言わずと知れたあの方の曲をレパートリーに、幅広く活動されているようです。

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太平洋フェリー「いしかり」スイート乗船記(ラウンジショー編)

仙台経由苫小牧行きの太平洋フェリー「いしかり」は予定通りに名古屋港を出港しました。間もなく 20 時になるので、6 甲板の船尾側にあるシアターラウンジ「ミコノス」に足を運んでみました。

【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 4 月~ 5 月時点のものです。新型コロナウイルス感染症パンデミックにより、各種サービスの実施状況や運用形態が現在と異なる可能性があります(2022 年 9 月時点ではラウンジショーは休止中とのこと)。

この航海での出演者は「ザ・サウンドスピリッツ」さん。2015 年 1 月に「きそ」に乗船した際はピアニストの野々山さんが MC 含め全てお一人で担当されていましたが、今回はなんと 6 人です!(しかもスペシャルゲストまで!)

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