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アイヌ語地名の傾向と対策 (454) 「ノコロップ岩・豊部内川・津花」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

ノコロップ岩

not-kor-p
顎(岬)・持つ・もの
(典拠あり、類型あり)

総合格闘技で活躍したミルコ・クロコップの「クロコップ」は本名ではなく、「クロアチアの警官」だったので "Cro Cop" なのだそうですね。

さてノコロップ岩です(お約束)。ノコロップ岩はドゥブロヴニクではなく江差町は伏木戸町の沖にある岩礁の名前です。

ノコロップ岩は総合格闘技よりも古くから存在していたようで、「竹四郎廻浦日記」には次のように記されていました。

 此処前に凡弐丁三丁位も沖と思ふに、
    ノコロフ
    立 島
    横 島
 等云ふ奇岩有。是より崖の下を行こと凡七八丁にして、
    伏木戸村
 人家三十九軒(前私領の頃二十六軒)、人別百五十二人。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.245 より引用)

さて、肝心の「ノコロップ」の意味ですが、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」に記載がありました。

 ノコロップ岩
 江差では獅子岩と呼んでいる岩。アイヌ語のノッ・コㇽ・プの訛りで、ノッは顎のことでコㇽは持つ、プはもので、顎をもつ岩ということ。普通ノッは岬をいう。

ああなるほど。not-kor-p で「顎(岬)・持つ・もの」と考えて良さそうですね。

豊部内川(とよべない──)

tope-nay
イタヤカエデの樹液・沢
(典拠あり、類型あり)

江差の中心街の北側を流れる川の名前です。「東西蝦夷山川地理取調図」にも「トヨヘナイ」と記されています。

今回は、何かと謎の多い解を繰り出すことで定評のある「北海道地名誌」から引用してみます。

 豊部内川(とよべないがわ) 江差市街北寄りで海に出る小川だが,沿岸は鉱物資源に富んでいる。アイヌ語「トペニ・ナイ」(いたやの木川の意)に当字したという。
NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.129 より引用)

ふむふむ。「江差市街北寄りで海に出る小川だが」の後ろに「沿岸は鉱物資源に富んでいる」と続くのが何とも不思議ですよね。今回は、地名解は割と妥当な感じがしますが……。

山田秀三さんの「北海道の地名」にも、次のように記されていました。

豊部内 とよべない
 江差市街の北部を流れる川の名,地名。永田地名解は「トペニ・ナイ。楓渓。豊部内の原名。楓樹多きを以て名く」と書いた。トペニは to-pe-ni(乳・汁・の木。いたやの木)。
山田秀三北海道の地名」草風館 p.441 より引用)

はい。どうやら山田さんも永田地名解の解釈を追認しているようですね。

地名では ni(木)を省くことが多い。あるいは to-pe-nai と呼ばれていて,それから豊部内となったのかもしれない。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.441 より引用)

ふむふむ。植物としての木の名前を表す場合、後ろに -ni をつける流儀が多いですよね。たとえば「シナノキ」の場合、「シナノキの樹皮」を意味する語彙が nipes で、「シナノキ」そのものを指す場合は nipes-ni となります。

山田さんの説は、こういった語彙が地名に取り込まれる際に -ni が省かれることが多い……とするものですね。確かにその通りとも言えますが、よく考えると日本語でも「桜川」と言っても「桜の木の川」と言うことは少ないように思われます。

良く考えたら当たり前の話で、「イタヤカエデの木がある川」ではなく「イタヤカエデの樹液の取れる川」というポインターが必要だったわけですよね。「イタヤカエデの木から樹液が取れる」と考えるのではなく、「樹液が詰まった木がイタヤカエデである」と考えないといけないのだなぁ、と気付かされます。

だらだらと駄文を続けてしまいましたが、本題に戻りましょう。「豊部内」は tope-nay で「イタヤカエデの樹液・沢」と捉えて良いのかな、と思われます。永田方正の「補正」は、日本人的な視点からなされたもの、と言えるのかもしれませんね。

津花(つばな)

etu?
津・鼻?
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)

江差の市街地を鷗島で南北に分割したならば、津花町は南側エリアの北西端に位置すると言ったところでしょうか。かつては独立した島だった鷗島との間には埋立地が造成され、今では陸続きになってしまいました。奥尻行きのハートランドフェリーが発着するフェリーターミナルは埋立地の北側にあって、埋立地の南側にも港湾施設がありますが、これは漁港でしょうか。

今回も、多彩な変化球で読者を惑わすことに定評のある「北海道地名誌」から引用してみます。

 津花岬(つばなのさき) 鷗島に突出した岬。意味不明。
NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.129 より引用)

ありがとうございました(お約束)。続いて、山田秀三さんの「北海道の地名」から。

津花 つばな
 江差は岬の突端の津花と,その先にある鷗島で港を囲んでいる。津花という地名は他に道内,津軽半島にもあって,いずれも岬の処の名である。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.440 より引用)

ほほう。他にも同じ地名があるとのことで、山田さんもちょっと興味津々のようですね。

和名かアイヌ語名か分からないが,アイヌ語だったらトゥパナ(tu-pana 尾根の・海の方)のような名ででもあったろうか。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.440 より引用)

「和名かアイヌ語名か分からないが」と言うところに、山田さんらしい慎重な姿勢が見られますが、道庁が作成している「アイヌ語地名リスト」にそっくりそのまま引用されてしまっています。

一方で、「角川──」(略──)にはこんな説が記載されていました。

 つばなちょう 津花町 <江差町>
檜山地方南部,渡島(おしま)半島西海岸部,津花岬から南部の海岸地帯に位置する。地名の由来は,鼻のように突出た岬という意のアイヌ語のエトを津鼻・津端と訳したことによるという。檜山沿岸各港にこの地名が残っており,一般的に港をさす地名である。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.898 より引用)

おっと。確かに etu は「」あるいは「」を意味しますが、これを意訳して「津鼻」になった、という説ですね。これだと「道内,津軽半島にもあって」という分布も理解できます。

割と古くから和人が移入した地域では、アイヌ語の音に字を当てるだけでなく、意味を和訳して地名にするケースも少なくなかった印象があります。

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