Bojan International

旅行記・乗車記・フェリー乗船記やアイヌ語地名の紹介など

冬の愛媛・大分フェリー旅 2020 (32) 「『名取トンネル』の謎」

国道 197 号の「名取トンネル」に入ります。長さは 779 m で、トンネル内に「消火器」「非常電話」「非常通報装置」の設置された、割と気合の入ったトンネルです。見た目の通り、割と新しそうなトンネルです。

トンネルに入ると、オレンジの明かりに照らされた緩やかな右カーブに差し掛かります。

カーブが終わって直線区間に入ると、オレンジの明かりは姿を消し、ちょっと暗い雰囲気に変わります。なるほど、やはりカーブが危険なので、カーブは明るく、直線区間は暗く……ということなんでしょうか?

ところがこの「名取トンネル」、今度は中程で左カーブに差し掛かります。入口の右カーブよりもキツく感じるのですが、照明はそれほど多くありません。むしろこの左カーブのほうが注意喚起が必要な気もしますが……。

左カーブを抜けると再び直線区間に入ります。

トンネル出口の手前は右カーブになっているみたいですね。

入口は新しく、出口は古い?

ということで「名取トンネル」を抜けて再び伊予灘側にやってきました。トンネルを抜けた先の擁壁はそれなりの年月を経ている印象があります。トンネルの入口は随分と新しそうに見えたのに、不思議な話です。

改めて「地理院地図」で名取トンネルを見てみると、とても不思議なルートを通っているトンネルであることがわかります。まるでトンネルの中程で水脈でも掘り当ててしまって、それを避けるようにトンネルを掘り直したかのようにも見えてしまいます。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

Google マップで航空写真を見ることで、一連の謎への答えがある程度見えてきました。


なるほど、どうやら元々は違うところにトンネルの入口があったのを、何らかの事情で新たにトンネルを掘削し直したように見えます。


元々はまっすぐ進んだ先に「名取トンネル」の入口があったのを、手前右側に新たな入口を設けたように見えます。ただ出口は従来のものを流用したので、出口ポータルやその近辺は、それなりにくたびれた感じになっていたみたいです。

新・旧のトンネルは「名取トンネル」内部で合流(分岐)していたと考えられそうですが、それらしい跡は見つけられませんでした。ただ、言われてみればトンネルの出口手前で急に歩道の幅が狭くなっていて、ちょっと妙な感じもします。

「地すべり災害復旧事例」でした

ググるとちゃんと情報が出てくるもので、全長 779 m の「名取トンネル」は、うち 156 m が既設の名取トンネルを流用したもので、残りの 623 m が新たに掘り直されたものだそうです(参考:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jls/46/4/46_4_251/_pdf/-char/ja)。旧トンネルを放棄する羽目に陥ったのは、地すべりが原因とのこと。

トンネルの入口付近の右カーブがあれほど明るかったのに対して、中盤の左カーブが比較的暗かったのは、トンネルの新旧によるものではなく、単に入口の近くは外との光量の違いが大きくならないように、照明を多くしていただけ……なんですね。考えてみれば当たり前の話なんですが、その後一気に暗くなったのが印象的だったようです。

「親父」より「原発

佐田岬半島は、北側の「伊予灘側」と南側の「宇和海側」に大別されますが、「名取トンネル」を抜けた先は「伊予灘側」です。前方に十字路が見えてきましたが、左折すると北側(伊予灘側)の「松」と「二名津」へ、右折すると南側(宇和海側)の「名取」へ向かうことができます。

国道 197 号は橋で谷間をひと跨ぎして西に向かっていますが、「二名津」に向かう道はこの下の谷沿いを通っています。こういった立体交叉が多いので、交叉点で南北が逆転してしまうんですね。

橋を渡った先には、尾根をオープンカットした区間がありました。ん、右側になにやら看板のようなものが見えますが……。

これは(笑)。「地震カミナリ火事原発」とありますね。親父よりも原発のほうが怖い……まぁ、確かにある意味そうですよね。

単に「原発絶対反対」と言われるよりも、妙な可笑しさがあると言うか……。不覚にもちょっとクスっと来てしまいました。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International