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宗谷本線各駅停車 (27) 「日進・名寄」

名寄行き 4326D は九度山天塩川に挟まれた狭隘区間を無事通過して、次の「日進駅」に向かいます。4326D が稚内駅を出発したのが 10:52 でしたから、間もなく出発から 3 時間半が経過することになります。早いものですねぇ。

一時的に南西に向かっていた宗谷本線ですが、再び向きを変えて南南東に向かい始めました。宗谷本線はわざわざ「サンピラーパーク」の近くを通るルートで、遠回りしているようにも見えますが、西側(名寄川側)は水はけや地盤の強度に問題があったのかもしれませんね。

日進駅(W49)

4326D は最後の途中停車駅となる「日進駅」に到着しました。なかなか趣のある形をした木が見えますね。

この日進駅は 1955 年に地元の請願により「日進乗降場」として開設されたとのことで(「仮乗降場」じゃ無いんですね)、1959 年に駅に昇格を果たしています。

「日進」という駅名ですが、「北海道駅名の由来」によると……

  日 進(にっしん)
所在地 名寄市
開 駅 昭和 34 年 11 月 1 日
起 源 岐阜県人が入植したとき、日進月歩の意味をこめて部落名を「日進」と定めたので、そのまま駅名としたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.176 より引用)

想像以上にそのままの由来だったようです。なおこの日進駅も他の駅と同様に近年は利用が低迷し……というか、1 日平均乗車人員が「1 人以下」で、2014 年から 2019 年までの乗車人員平均はなんと「0.0 人」のフルマークを達成していたとのこと。

当然ながら JR 北海道は「ご利用の極端に少ない駅」として維持困難だとしましたが、名寄市による維持管理に移行することで一旦は廃止は免れたようです。同じく「ご利用の極端に少ない駅」だった北星駅は廃止されてしまいましたが、日進駅は「北星駅よりは見込みがある」と判断された、ということなんでしょうか……。

駅からそれほど遠くないところに「なよろサンピラーユースホステル」があり、また少し離れたところに「トムテの森キャンプ場」や「北海道立サンピラーパーク」があるので、その「最寄駅」として(利用は伴わないものの)残した……という邪推もできそうですね。「紀州鉄道」が赤字路線を廃止せずに維持しているのと、若干似た側面もあったりして……。

勝手踏切?

日進駅を出発した後も車窓には田園風景が広がりますが、実は左側には「北海道立サンピラーパーク」が見えていた……筈です。

列車は再び南南西に進行方向を変えて名寄川を渡ります。川を渡った先は名寄の市街地です。

名寄の市街地も殖民区画がベースで、碁盤の目状の道路が広がります。この先には踏切が存在しますが……

136 m ほど南の通りには踏切が設置されず、道路も切れてしまっています。ただ、手前に看板らしきものが見えるので、もしかしたら「勝手踏切」として往来している人もいるのかもしれませんね……(違法行為なんですけどね)。

国道 239 号の立体交叉をくぐり抜けて、名寄駅のすぐ北側までやってきました。この倉庫は「名寄農業倉庫第 6 号」なんですね。レンガとコンクリートでできているようで、耐火性能も高そうに見えます。

名寄駅(W48)

名寄駅の構内に入りました。かつては「名寄本線」と「深名線」が分岐していた鉄道の要衝なので、駅構内は広々としていますね。

駅の北側はコンテナヤードとして使われているようです。もう名寄まで貨物列車が来ることは無かったと思いますが、トラックで輸送する際の荷さばきが行われている、ということなんでしょうか?(似たような場所が幌延にもありましたよね)

こちらはかつての貨物用ホームでしょうか。頑丈そうな石組みが見えます。

定時に到着!

名寄行き 4326D は、定刻の 14:27 に名寄駅に到着しました。2 番のりばには 14:35 に出発する旭川行きの快速「なよろ 8 号」の姿も見えます。

もちろん「本場の味」はサッポロビールでしたよ、ということで。

降車する際に、記念に運賃表を撮影したのですが……ホントすいません。手ブレとピンぼけの克服は一生の課題ですが、克服できそうな気がしません……(ぉ)

稚内から 183.2 km を駆け抜けたキハ 54 506 とは、ここでお別れです。JR 北海道への国鉄の置き土産として知られる車輌ですが、やはり名車なんだなぁと思わせます。

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