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北海道のアイヌ語地名 (924) 「武利意平・牟利以・無類岩山・武華留邊」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

武利意平(むりいだいら)

{mun-ri??}
草・高い
(?? = 典拠未確認、類型あり)

武利川の「武利ダム」の南(上流側)に、かつて森林鉄道で使用された蒸気機関車「雨宮21号」が動態保存されている「丸瀬布森林公園いこいの森」があるのですが、その 1 km ほど西の山の上に三等三角点「武利意平」があります。

川の名前は「武利川」なので、「武利」の「意平」なのかと考えたくなりますが、古い地図では武利川を「ムリイ」あるいは「ムリー」と描いているので、おそらく「武利意」の「平」と理解すべきなのでしょう。地名・川名の「武利」は mun-ri で「草・高い」と解釈できる可能性が高そうなので、「武利意平」の「武利意」も mun-ri ではないかと考えたいです。

問題は「平」をどう解釈するかで、「三等三角点の記」には「むりいだいら」とルビが振られていました。「平」は pira で「」と解釈できますが、素直に「平地」と解釈することもできます。「武利意平」三角点の東には崖があるように読み取れますが、西側には「大平」(丸瀬布大平)の平地が広がっています。

「三等三角点の記」は(比較的新しい)1966 年のものなので即断はできませんが、この「平」はおそらく西側の平地に由来すると見て良いのでは無いでしょうか。

牟利以(むりい)

{mun-ri?}
草・高い
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)

武利川の東支流である「トムイルベシベ沢」と、同じく東支流である「七ノ沢」の間の標高 1052.3 m の山に存在する二等三角点の名前です。出オチ感が凄いのはスルーの方向で……。

明治時代の地形図では「ムリイ」あるいは「ムリー」と描かれていた「武利川」は、大正時代に測図された「陸軍図」では「武利川」という漢字表記になっていましたが、図によっては「武利」に「ムリイ」というルビが振られていました。

この山は(地形図で見た限りでは)なかなかの秀峰に見えますが、現在も地理院地図には山名が記されていない「無名峰」なのでしょうか。三角点の名前は川名の「ムリイ」から拝借したものと思われます。

「ムリイ」には「武利」あるいは「武利意」という字が当てられたと考えられますが、「牟利以」という字を当てる流儀もあったのかもしれません。やがて勇壮な印象を与える「武利」という字面が好んで使われるようになり、「牟利以」表記は廃れていった……というストーリーを考えたくなりますね(現時点では何の根拠もありませんが)。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

無類岩山(むるいいわやま)

{mun-ri}-iwa???
{武利}・神聖な山
(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)

武利川上流部の西支流「十四ノ沢」を遡った先にある標高 1613.4 m の山の名前で、同名の三等三角点があります。「無類の岩山」とは、他とは比べ物にならないくらいの岩山なのかと考えたくなりますが……。

ただ、武利川周辺の三角点をチェックしてみたところ、武利川源流部の北西に「武利むりい岳」と呼ばれる標高 1876.3 m の山があり、この山の一等三角点が「無類むるい山」という名前であることに気づきました。

しかも「武利岳」の南西を「ムルイ沢」という川が流れていました。

「無類山」が「武利岳」ということになると、「無類岩山」も「武利岩山」である可能性が高くなります。そしてこの「岩」も「平」と同じくアイヌ語では少し踏み込んだ解釈ができる語で、iwa を「神聖な山」と解釈できる場合もあるとのこと。知里さんの「──小辞典」には次のように記されていました。

iwa イわ 岩山; 山。──この語は 今は ただ 山の意に 用いるが,もとは祖先の祭場のある神聖な山をさしたらしい。語原は kamuy-iwak-i(神・住む・所)の省略形か。
知里真志保地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.38 より引用)

この考え方からは、「無類岩山」は {mun-ri}-iwa で「{武利}・神聖な山」である可能性もゼロではない……ということになります。

地形図では「無類岩山」の頂上周辺に崖が存在するように描かれているので(「武利岳」も同様ですが)、単に武利川流域の岩山……という可能性も十二分にあるという点には注意が必要です。

武華留邊(むかるべ?)

{muka}-ru-pes-pe
{無加川}・道・それに沿って下る・もの(川)
(典拠あり、類型あり)

武利川の東支流である「七ノ沢」と、同じく東支流である「チャチャナイ川」の間に標高 1078.1 m の山が聳えていて、頂上(だと思われる所)に「武華留邊」という名前の三等三角点が設置されています。

この三角点の「点の記」は 1919 年のもので、「所在」欄には「俗稱 ムカルベシベ」との記入がありました(「稱」は「称」の旧字です)。「ムカルベシベ」は {muka}-ru-pes-pe で「{無加川}・道・それに沿って下る・もの(川)」と解釈できそうですね。

「ルベシベ」は「峠道」を意味しますが、本来は川の名前です。よって「ムカルベシベ」も山の名前ではなく川の名前と考えるべきでしょう。この山の周辺で ru-pes-pe と呼ぶのが相応しそうな川は「七ノ沢」と「十三ノ沢」あたりですが、「急勾配を許容し短距離を優先する」というアイヌの流儀を考慮すると「七ノ沢」のほうがより ru-pes-pe に相応しいような気がします。

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