Bojan International

旅行記・乗車記・フェリー乗船記やアイヌ語地名の紹介など

アイヌ語地名の傾向と対策 (772) 「野花南・ペンケ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

野花南(のかなん)

nokan-nay?
細かい・川
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)

芦別市の地名・川名で、同名の駅もあります(水谷豊の出身地としてご存じの方もいらっしゃるかも)。「野花南ダム」もありますが、ややこしいことに「野花南駅」よりも隣の「上芦別駅」のほうが近かったりします。なぜ「野花南ダム」にしたのか……。

しかも「野花南ダム」という名前のダムは近接して二つあるとのこと(空知川の発電用ダムと野花南川の農業用ダム)。どうしてこうなった……。


駅名ということですので、まずは「北海道駅名の起源」を見てみましょう。「駅名の期限」じゃないですし、況してや「駅名の機嫌」でもありません。

  野花南(のかなん)
所在地 芦別市
開 駅 大正 2 年 11 月 10 日
起 源 アイヌ語の「ノッカ・アン」(仕掛け弓のさわり糸のある所)から出たといわれているが、明らかでない。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.118 より引用)

ふむふむ、なるほど。notka で「仕掛け弓から引いてある紐」を意味するのですね。この紐に触れると矢(おそらく鏃にトリカブトの毒が仕込んであるのでしょう)が発射されるという仕組みのようです。

「仕掛け弓」を誤って踏み抜いてはいけないので、注意喚起という意味で川名にしたというのは理解できなくもないですが、それだと kuamappo のように「仕掛け弓」そのものを指し示す語彙を使用したほうが理に適っているように思えます。もちろん「仕掛け弓から引いてある紐」の原材料がある、というのであれば notka-an と呼ぶのも理解できますが……。

更科さんの疑問

更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」には次のように記されていました。

しかし仕掛弓の糸のある所という地名は納得のゆかない地名である。

ですよねぇ。

むしろ何かの卵(ノック)のある沢という意味ではなかったかと思われるが、現在は調査の手がかりもなく、依然として仕掛弓のさわり糸のあるところというよりほかない。
更科源蔵更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.119 より引用)

おっ、新案が出てきました。ふむふむ、nok には「(鳥の)たまご」という意味もあるのですね。

山田さんの疑問

山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のように記されていました。

ノカナンやそれに類した地名が道内の処々にあるが,殆どが意味が分からなくなっていて,永田地名解もたいてい「?」をつけている。ただここについては「ノカナン。機弓の糸を置く処」と書いた。
山田秀三北海道の地名」草風館 p.67 より引用)

あ、本当ですね。永田地名解の p.63 に記載があることを確認しました。

永田氏はノッカ・アンで,それがあると読んだのであろうが,あまり見ない地名の形で,まあ試案とでも見るべきであろう。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.68 より引用)

やはりと言うべきか、山田さんも「さわり糸」説に引っかかるものをおぼえていたようです。

音だけでいうならノカン・ナイ(nokan-nai 小さい・川)の訛りであったのかもしれない。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.68 より引用)

そうですね。さすが山田さん、いい所を突いてきますね……。「ノカナン」という音からは noka-an で「形像・ある」と解釈することもできるかもしれませんが、nokan-nay で「細かい・川」と考えたほうが良い場合が多いんじゃないかと考え始めています。

「野花南川」のどの辺が「細かい」のかという話ですが、たとえば中流部にある「丸山ダム」から先(南側)の西側に、凄い数の支流があるように見えるのですね(ちらっと数えただけでも 10 くらい)。まぁ、似たような地形的特徴を持つ川は他にもあるので、決め手としては凄く弱いのですが……。

ペンケ川

penke(-poro)-nay
川上側の(・大きな)・川
(典拠あり、類型あり)

芦別市の国道 452 号には「星の降る里大橋」という美しい形の橋がかかっていますが、「ペンケ川」はこの橋のすぐ南で空知川に注いでいます。

penke はご存知の通り「川上側の」という意味です。一般的には、似た特徴を持つ川が二つ並んでいる時に、それぞれを識別するために付加される名称なので、「ペンケ○○川」となるケースが大半を占めます。今回のように「ペンケ川」となる場合は、本来あった筈の「○○」が略されてしまったということになります。

「ペンケ川」の下流側には「パンケ幌内川」があることからもわかる通り、「ペンケ川」は「ペンケ幌内川」が略されたもののようです。「再篙石狩日誌」にも次のように記録されていました。

過てまた浅瀬急流、しばしを過て。
     ベンケホロナイ
右の方相応の川有。然しハンケホロナイよりは小さし。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.371 より引用)

パンケ幌内川は道道 4 号「旭川芦別線」沿いを流れる川で、道道 4 号は新城峠を越えて深川に向かう交通路となっています。ペンケ川は、芦別市域の空知川の北支流としてはパンケ幌内川に次ぐ規模のものですから……松浦武四郎の記録は実に正確だ、ということになりますね。penke(-poro)-nay で「川上側の(・大きな)・川」と考えて良さそうです。

興味深いのは、「東西蝦夷山川地理取調図」では「ハンケホロナイ」「ベンケホロナイ」ではなく「ハンケナイ」「ヘンケナイ」と描かれているところです。「ヘンケナイ」は penke-nay で、nay を「川」と和訳するとそのまま「ペンケ川」となります。poro-nayporo- は、随分と前から略されるケースがあったのかもしれません。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International