Bojan International

旅行記・乗車記・フェリー乗船記やアイヌ語地名の紹介など

北海道のアイヌ語地名 (1119) 「チプタナイ・乳呑・泊別」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

チプタナイ

chip-ta-nay
舟・作る・川
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

白糠町立庶路学園」の北を流れる「チプタナイ川」流域の地名です。かつては根室本線から「明治鉱業庶路炭鉱専用線」が伸びていたところです。

東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「チフタナイ」という川が描かれていました。永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Chip ta nai   チㇷ゚ タ ナイ   舟ヲ作ル澤

chip-ta-nay で「舟・作る・川」と見て良さそうですね。丸木舟の材料となる木が多く自生していた……ということなのでしょうね。

乳呑(ちのみ)

chi-nomi
我ら・祀る
(記録あり、類型あり)
続きを読む

日高本線代行バス (21) 「新冠~節婦」

鵡川行き列車代行バスは「新冠駅」を出発しました。左側に踏切が見えていますが、これは道道 209 号「滑若新冠停車場線」の踏切……ということになりますね。

【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 5 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。


道道の「○○停車場線」は、駅と国道の間のごく僅かな間を結ぶ、冗談のような路線も少なくないですが、「滑若新冠停車場線」は延長 18.8 km の、割とちゃんとした(どの辺が道道です。

続きを読む

日高本線代行バス (20) 「新冠」

鵡川行き列車代行バスベルリンの壁を越えて新冠町に入ります。左側に線路も見えますね。

【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 5 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

日高本線の線路は海のすぐ傍を通っています。佐瑠太(後の富川)から静内までは国鉄ではなく、「日高拓殖鉄道」が建設した区間です。

続きを読む

日高本線代行バス (19) 「鵡川行き列車代行バス」

日高本線静内駅前にある列車代行バスの「静内駅」に戻ってきました。六角形のバス停もすっかりお馴染みになりましたね(オリジナルティが高くて意外と識別性が良いという印象)。

【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 5 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

駅前のロータリーには「新ひだか町」の文字が。2006 年までは「静内町」だったのですが、もしかしたらひらがなで「しずない町」とかだったのでしょうか……?

続きを読む

日高本線代行バス (18) 「静内 その3」

「2・26 飯テロ」も無事?終わったので、のんびりと静内駅に戻ることにしましょう。

回転寿司「ちょいす」は「イオン静内店」のすぐ近く(国道の北側)にあるのですが、こちらは国道の南側にある「マックスバリュ静内店」です。

【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 5 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

マックスバリュ静内店」には「ツルハドラッグ」も入っているのですが、マックスバリュの前から北西方向を眺めると、「ゲオ静内店」の横にも「ツルハドラッグ」が見えます(右の方には「イオン静内店」も見えていますね)。このツルハの出店戦略は、一体どうなっているのでしょう……?

続きを読む

日高本線代行バス (17) 「静内 その2」

静内駅の外に戻ってきました。静内行き列車代行バスだった車輌が引き上げていきます。次の様似行き代行バスは 30 分後の 14:58 発なので、一旦引き上げて休憩……でしょうか?

【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 5 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

そして既報の通り、次の鵡川行き列車代行バスは 16:05 発なので、もうのんびりと待つしか無い状態です。ということで、今日は静内でブラ(以下略)

続きを読む

北海道のアイヌ語地名 (1118) 「庶路」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

庶路(しょろ)

soro-ru-pet??
かんな・跡・川
(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

白糠町の東部の地名で、同名の川が白糠町の東半分を北から南に貫流しています。JR 根室本線にも同名の駅があるので、まずは「北海道駅名の起源」を見てみましょうか。

  庶 路(しょろ)
所在地 (釧路国)白糠郡白糠町
開 駅 明治34年7月20日(北海道鉄道部)(客)
起 源 アイヌ語の「ショ・オロ」(滝の所) から出たもので、ここを流れる庶路川の上流に、滝が多いからである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)日本国有鉄道北海道総局 p.128 より引用)

無難な解にまとまっている感があるでしょうか。ただ「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「シヨロヽ」とあり、so-oro であれば二つ目の「(ヽ)」に相当する音が行方不明であるようにも思えます。

滝が高いところ?

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Shororo,=Sho-ri-oro   ショロロ   瀑布高キ處 大雨ノ時瀑泉飛ブ○庶路村シヨロロ

やはり「ショロ」ではなく「ショロロ」という認識だったようで、なんとかしてその形に近い解をひねり出した感があります。so-ri-oro という形が果たして文法的に妥当かどうかは、ちょっと疑問も残りますが……。

順風??

「東蝦夷日誌」(1863-1867) には次のように記されていました。

(二丁七間) シヨロヽ〔庶路〕(川幅二十間餘、船渡し、人家九軒)名義、シヨロヽマウエと云、則順風の勢と譯す。此川屈曲をなせしが、舟をるに宜敷よろしきよりなづくると(地名解)。又むかし出水の時にカンナを懸し如く、水が平に成りしに依る共言へり。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)時事通信社 p.301 より引用)※ 〓 は金へんに行

「シヨロヽマウエと云、則順風の勢と譯す」とありますが……何でしょうこれ。だんだん手に負えなくなってきた感があるのですが、上原熊次郎の「蝦夷地名考幷里程記」(1824) を見てみると……

シヨロヽ               川舟渡
  夷語シヨロヽとは順風と譯す。此川格別屈曲もなく、川風請凉風なる故、地名になすといふ。
(上原熊次郎「蝦夷地名考幷里程記」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.62 より引用)

見事なまでに見解が一致しているんですよね。これはどう考えたものか……。

かんなをかける川???

そして、順番が前後してしまいましたが「加賀家文書」にも驚きの記録が……

ソロヽ川 ソロヽ・ヘツ 鉋かける・川
  此所に川有。先年川上にて鹿沢山に居候節、奥山に雪降り積り候得ば、川下へ鹿下るに其跡の草鉋かけるよふに成しを名附由。
(加賀伝蔵・著 秋葉実・編「加賀家文書」北海道出版企画センター『北方史史料集成【第二巻】』 p.256 より引用)

「鉋かける川」だと言うのですが、この「鉋」は「かんな」のことです。これは東蝦夷日誌の「カンナを懸し如く水平に」と符合するんですよね。

「かんな」あるいは「かんなをかける」という意味の語があったかな……と思って手元の資料を漁ってみたのですが、「アイヌ語古語辞典」(2013) に次のような記述が!

シヨロ
 ①かんな ②
(平山裕人「アイヌ語古語辞典」明石書店 p.306 より引用)

これは「アイヌ語古語辞典」の第 3 部「『藻汐草』アイヌ語単語集」の中の記述で、確かに「藻汐草」(1804) に「かんな  シヨロ▲ホカケ子」と記されています(!)。

「ショロ」は「かんな」?

「かんな」を「シヨロ」と呼ぶ言い方は、比較的早いタイミングで廃れたようにも思われますが、知里さんの植物編 (1976) に次のようにありました。

§ 152.ミツバウツギ Staphylea Bumalda Sieb. et Zucc.
(1) esorokanni (e-só-ro-kan-ni) 「エそロカンニ」[e(それで)soro (かんな)kar(つくる)ni(木)] 莖《穂別》《A 沙流・千歳》

げっ。こんな形で裏が取れるとは……。esorokanni平取の「エショロカン沢川」との関連があるかもしれない植物、でしたね。

ただ、「シヨロ」が「かんな」かもしれない……という考え方ですが、地名としては不自然で、また類型を見たことが無い(気づかなかっただけかも知れませんが)という大きな問題があります。また、あくまで「かんな」は「シヨロ」であって、「シヨロヽ」では無いという問題も残ります。

かんな屑??

ところが、ドブロトヴォールスキィの「アイヌ語・ロシア語辞典」(2022) に、次のような記述がありました。

Soro. Dav. 鉋.Mos. 鉋,両手鉋, shioro(シヨロ)とも言う.
omari. Dav. 鉋をかける.
rubi. Dav. 鉋屑.Mos. 鉋屑,shiororube とも言う(Pf.によると,soro および小詞 rube から)
(寺田吉孝・安田節彦・訳「M.M.ドブロトヴォールスキィのアイヌ語・ロシア語辞典」共同文化社 p.615 より引用)

「かんな」が「シヨロ」だとするのは「藻汐草」だけではなく、ダヴィドフの「海軍大尉故ガヴリーラ・ダヴィドフが現地で集めた,サハリン半島南端に住む民族の言語の語彙集(Словарь нарѣчий народовъ, обитающихъ на южной оконечности полуострова Сахалина, собранный на мѣстѣ покойным Лейтенантомъ Γаврилою Давыдовымъ)」にも記録されていたことがわかります。

注目したいのは Sororubi あるいは shiororube が「かんな屑」を意味するという記録で、これはプフィツマイエールによって soro-ru-be ではないかと考察されています。-be-pe なので、soro-ru-pe は「かんな・跡・もの」と分解できるかもしれません。

「東西蝦夷山川地理取調図」では「シヨロヽ」と記録されていますが、「加賀家文書」には「ソロヽ・ヘツ」とあり、また「竹四郎廻浦日記」(1856) にも「シヨロヽベツ」とあるので、soro-ru-pet で「かんな・跡・川」と読めそうな気がします。これで「シヨロ」ではなく「シヨロヽ」だ、という問題はクリアできることになりますね。

背が高い? 曲がりくねっている??

「でも地名に『かんな屑』ってどうなのよ」という問題が残るのですが、ドブロヴォールスキィの辞書には次のような記述もありました。

Sororubi. Kl. Sakh. 背が高い.クラプロト(Klaprot, Клапротъ)はダヴィドフ(Davydov, Давыдов)の語彙集のドイツ語訳からまるごと語を引いていた.そこで「鉋屑,削り屑」を意昧するこの語は,解釈において riiva と混同された.
(寺田吉孝・安田節彦・訳「M.M.ドブロトヴォールスキィのアイヌ語・ロシア語辞典」共同文化社 p.615 より引用)

riiva は、ダヴィドフによると「とても高く」を意味するとのこと。ri が「高い」なので、その派生形であるか、あるいは何らかの誤解があったかもしれません。

問題は Sororubi(= soro-ru-pe)を「背が高い」としている点で、これは薄っぺらく長いかんな屑の比喩表現である可能性が考えられそうな気がします。庶路川は、庶路ダムの手前までは川の左右に比較的開けた谷を持ちますが、これを「かんなをかけた跡」に見立てたという以外にも、庶路ダムから更に奥に溯ることができることを「背が高い」と捉えた……とも考えられるかもしれません。

ドブロトヴォールスキィの辞書には、更に気になる記述もありました。

Shioro. Mos.カーブ,曲がりくねり(川の); leks.では.鉋(かんな),両手鉋(かんな).Bits-shioro-shioro-shioro-shioro,ああ,川の曲がりよ !
(寺田吉孝・安田節彦・訳「M.M.ドブロトヴォールスキィのアイヌ語・ロシア語辞典」共同文化社 p.877 より引用)※ 原文ママ

ドブロトヴォールスキィは、「藻汐草」において Shioro. が「カーブ」を意味する……としていますが、「アイヌ語古語辞典」にはそれらしい記述を確認できませんでした。

そして庶路川が果たして曲がりくねった川か……と言われると、道道 242 号「上庶路庶路停車場線」の起点(庶路基線)あたりまではそれほどでも無いものの、庶路基線から北は急に曲がりが激しくなるようにも思えます。

そもそも Shioro. に「カーブ」という意味があるという説は「出所不明」ではあるのですが、これも「かんな屑」からの派生である可能性もあるかも知れません。薄く削り出された「かんな屑」はグニャグニャに曲がっているのが常ですからね。

捨てがたい「かんな屑」

「庶路ダム」のすぐ下に「大滝」があり、「瀧ノ上」集落が「グリーンレイク庶路」に沈んでいることを考えると so-oro で「滝・のところ」と考えるのが自然のように思えますが、上原熊次郎・加賀伝蔵・松浦武四郎がいずれも「滝のところ」ではない解を記録しているというのは、ちょっと無視できないと思うのですね。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

ということで、極めてユニークな解ではありますが、soro-ru-pet で「かんな・跡・川」と見ていいんじゃないか……と思えてきました。含意は「かんなをかけたように平坦な谷」であり、また「かんな屑のように曲がりくねった川」であり、更には「かんな屑のような長い川」だった……かもしれません。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International