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北海道のアイヌ語地名 (965) 「ペーメン川・オサウシ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ペーメン川

pe-wen-mem??
水・悪い・泉池
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)

札弦駅の北東で斜里川に合流する東支流です。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヘーメンテ」と言う名前の川が描かれていました。

明治時代の地形図には「ーメム」と描かれていました。永田地名解にも次のように記されていました。

Pe mem   ペー メㇺ   泉池

うーん。mem 自体に「泉池」という意味があるのですが、果たしてペーさんの行方は……。

斜里郡アイヌ語地名解」には次のように記されていました。

 ペーウェンメム斜里川左枝川) 語原「ペー・ウェン・メム」(pe-wen-mem 水の・悪い・湧き水の池)。
知里真志保知里真志保著作集 3斜里郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.257 より引用)

あーなるほど。元の形は pe-wen-mem で、何故か wen- が省かれてしまって現在に至る……ということですね。pe-wen-mem は「水・悪い・泉池」と考えて良さそうですが、これだと川を意味しないので、更にその後ろに -nay がついていた……とかでしょうか。

気になるのが、「東西蝦夷──」や「辰手控」、明治時代の地形図など、どれを見ても wen- の存在を示唆するものが見当たらない……というところでしょうか。唯一「おやっ」と思ったのが「北海道地名誌」で……

 ペウメム川 札弦市街の下流斜里川の右に入る川。意味不明。
NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.461 より引用)

「意味不明」なのはさておき、「ペーメン川」ではなく「ペウメム川」なのが興味深いところです。改めて考えてみると pe-wen-mem を「ペウンメム」と読めないことも無いわけですが……。

オサウシ川

o-sa-us-i?
(山)尻・浜・ついている・もの
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)

JR 釧網本線の緑駅の北西、国道 391 号と釧網本線の間を流れる川です。この川は最終的に道道 1115 号「摩周湖斜里線」の「オサウシ橋」の東で斜里川に合流します(斜里川の西支流、ということになりますね)。

「東西蝦夷山川地理取調図」にはそれらしい川が描かれているものの、残念ながら川名の記載がありません。ただ明治時代の地形図には「オサウシ」と描かれていました。

ノリウツギ」説

「竹四郎廻浦日記」には次のように記されていました。

十二三町行き
     ヲサウシ
小流有。元は此地名ヲフサウシなる由。ヲフサは人間語さびたと(云)木也。ウシは多しと云事なり。扨其ヲフサと云木モンベツにてはまたラスハ(夷言)とも云よし。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 下」北海道出版企画センター p.397 より引用)

「さびた」には「中空の櫂木で蝦夷きせるを作る」との註がつけられていました。知里さんの「植物編」の索引には「サビタ(方言,ノリウツギ)」とあり、「ノリウツギ」の項には次のように記されていました。

§ 224. ノリウツギ Hydrangea paniculata Sieb.
(1) rasupa-ni(ra-sú-pa-ni)「ラすパニ」[ラスパの木,ラスパを作る木] 莖 《長萬部,幌別,足寄》
(2) rasupa(ra-sú-pa) 「ラすパ」[槍の柄と穂先とを繼ぐ棒] 莖 《膽振,日高,足寄,美幌,斜里,名寄》
  注 1.──アクセントを語頭において rásupa と發音する所もある(虻田郡禮文華)。槍・矛・鈷等の柄と穂先とを繼ぐ尺餘の棒を北海道でわ「ラスパ」,樺太でわ「ラスマ」またわ「オㇹサニㇱ」とゆう。rasúma <rasúpa <rasu (その割木,その木片)pa(頭)。óxsanis <ox(<op 槍柄)-san(前の)-nis(<nit 棒)。この繼ぎ棒わ專らノリウツギの材で作ったので上記 (1)(2) 及び下記 (3) の名稱が生じたのである。
(3) opsa(óp-sa)「おㇷ゚サ」[<op(槍)-sa(前)] 莖 《日高東半〔荻伏・浦河・様似〕,屈斜路,常呂
  注 2.──たぶん op-san-nit(槍柄の・前の・棒)の下略形。→ 注 1, 参照。

確かに opsa は「ノリウツギ」らしいのですが、斜里では rasupa だと記録されています。ただ屈斜路では opsa とあり、オサウシ川から屈斜路湖まではそれほど遠くないということもあるので、ノリウツギのことを opsa と呼んだとしてもおかしくは無いでしょうか。

斜里郡アイヌ語地名解」にも次のように記されていました。

 オサウシ(本流右岸) 「オㇷ゚サウシ」(opsa-us-i ノリウツギ・群生する・所)。
知里真志保知里真志保著作集 3斜里郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.255 より引用)

opsa-us-i で「ノリウツギ・多くある・もの(川)」ではないか……ということですね。松浦武四郎の記録を踏襲したもの、とも言えそうです。

「ヌサウシ」説

一方で「北海道地名誌」には異説が記されていました。

 オサウシ沢 斜里川と札鶴川の合流点下流斜里川の左に入る小川のある沢。「ヌサ・ウㇱ」(祭壇の多い)の訛りか。
NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.461 より引用)

確かに「ヌサウシ」が「オサウシ」に化けたケースも少なからずあるようで、それはそれで結構な謎なのですが……。ただ全てが全てそうだとは断言できませんし、他に傍証が無いと、この考え方は厳しそうに思えます。

「岬」説

この「オサウシ川」から遠く離れた稚内に「オサウシ」という場所がありました(オホーツク海側の「泊内橋」と「目梨泊橋」の間あたりの地名です)。この「オサウシ」について、山田秀三さんは次のように記していました。

 宗谷岬から東の海岸(太平洋岸)を僅か南下した処にオサウシという地名がある。オサウシは岬。処が地図の海岸線はのっぺらぼうだ。その処で僅か出ている程度である。
山田秀三アイヌ語地名の輪郭」草風館 p.74 より引用)

山田さんは「オサウシは岬」としていますが、この「オサウシ」については永田地名解でも「岬」と記されています(p.430)。

改めて言葉を考えると、o-sa-ushi-i 「(山が)尻を・浜に・つけている・処」で語義通りの処なのである。
山田秀三アイヌ語地名の輪郭」草風館 p.74 より引用)

十勝の豊頃町にも「長臼オサウス」という地名がかつて存在していて、これも o-sa-us-i ではないかとされています。これは o-sa-us-i という地名の存在が必ずしも海岸部にとどまらないことを示していると言えるでしょうか。

改めて今回の「オサウシ川」の地形を見てみると、「緑スキー場」のある尾根がかなり北に向かって伸びていることがわかります(本当に「かなり長い」んですよね)。

松浦武四郎の記録を知里さんが追認したことのインパクトは大きいですが、この尾根の伸び方も相当なものなので、「オサウシは岬」説をプッシュしたくなるんですよね……。o-sa-us-i で「(山)尻・浜・ついている・もの」と考えたいです。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

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