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北海道のアイヌ語地名 (1102) 「仁々志別川・オリヨマップ川・エブシナイ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
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仁々志別川(ににしべつ──)

ninum-us-pet?
胡桃の実・多くある・川
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

阿寒川の北支流(東支流)だった川ですが、明治時代に大楽毛川経由で海に注ぐ阿寒川の分水が掘削された後、大正時代の水害で阿寒川の水が全て分水に流れるようになってしまった結果、仁々志別川が阿寒川下流部分を引き継ぐ形となってしまいました。現在は、これまたなし崩し的に「新釧路川」になってしまった川に、鳥取橋の北で合流する形となっています。

現在、鳥取橋、鉄北大橋、釧路大橋、西港大橋が架かる川は「新釧路川」ですが、もともとは阿寒川の放水路として掘削されたものとのこと。

東西蝦夷山川地理取調図」(1859) にはそれらしい川が見当たらないようです。永田地名解 (1891) にも見当たらないような気がするのですが、「北海道地形図」(1896) には「ニニシペツ」という名前の川が描かれていました。陸軍図では「仁志別川」となっていて、ほぼ現在と同じ形です。

更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」(1982) には次のように記されていました。

 仁々志別(ににしべつ)
 木がどっさりある川の意の、ニ・ニ・ウㇱ・ペッに当字したと思う。

いかにも更科さんらしい、ざっくりとした解で 2023 年も無事に年を越せそうな感じでしょうか(何の話だ)。ni-ni-us-pet で「木・木・多くある・川」ではないか、ということになりますね。

山田秀三さんの旧著「北海道の川の名」(1971) には次のように記されていました。

 仁々志別は珍らしい音で、意味が判然としない。佐藤直太郎翁の話、「この名の伝説を聞いていない。釧路アイヌに聞いたら、木が沢山生えているからだべ、といった」との事であった。ニウシペッ(Ni-ush-pet 木・多い・川)の転か。
山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.102 より引用)

ni-us-pet で「木・多くある・川」では無いかとのこと。ここまでは更科さんのざっくり地名解と大差無さそうな感じですが、まだ続きがありまして……

 この地方で、言葉や故事に詳しい八重九郎翁(下雪裡しもせつつりアイヌ系)は「この川の昔の名はニヌシベツだった。奥の方にニヌㇺ(胡桃)が多かった。それからきた名であろう」といわれた。Ninum-ush-pet(胡桃・多い・川)とでも解されたのであろうか。
山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.102 より引用)

お、新たな解釈が飛び出しましたね。確かに ninum は「クルミの実」なので、ninum-us-pet は「胡桃の実・多くある・川」と読めそうです。

「木のある川」あるいは「木がめっちゃある川」という解は、地名として特筆すべき必然性に乏しいようにも思えますが、良質な木材が豊富だった、あるいは焚き付けに使えそうな流木や小枝が豊富だった……とすれば、川の名前として使われても不思議はありません。

一方で「胡桃の実のある川」であれば、特定の食料資源が豊富にあることを示しているので、地名として特筆すべき必然性があると言えそうですが、「ニニシベツ」と「ニヌムㇱペッ」の間には無視するにはちょっと大きな違いがありそうにも思えます。

さてどうしたものか……と思っていたのですが、「改正北海道全図」(1887) を見ると、そこにはなんと「ニヌスヘツ川」の文字が(!)。これは ninum-us-pet にかなり近い形なので、八重さんの「胡桃の実の多い川」説が俄然現実味を帯びてきた感じでしょうか。

オリヨマップ川

ori-oma-p?
丘・そこに入る・もの(川)
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

道道 243 号「阿寒標茶線」の「仁々志別橋」の近くで仁々志別川に合流する西支流です。「北海道地形図」(1896) には「オリヨマプ」とあり、陸軍図では「オリョマップ川」と描かれています。どことなく発音が流暢になった感じが……。

「川尻が高くなっている川」?

角川日本地名大辞典」(1987) には次のように記されていました。

地名は,アイヌ語のオリヨマップ(川尻が高くなっている川)に由来する。

ほう……。「川尻が高くなっている」というのは今ひとつ釈然としない感がありますが、地形図を見てみると、河口を遮るかのように北西から山が伸びているので、このことを指して o-ri-oma-p で「河口・高い・そこにある・もの(川)」と呼んだ……のでしょうか。どことなく釈然としない感もありますが……。

「丘に入っていくもの(川)」?

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) には次のように記されていました。

オリ・オマ・ㇷ゚「ori-oma-p 丘に・入っていく・もの(川)」の意で、この沢の流域には丘陵地が広がっている。そこへ入っていく沢なのであった。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.265 より引用)

地名アイヌ語小辞典」(1956) には「丘」を意味する語として hur(u) が掲載されていて、他に ur(i) が【トカチ】における「丘」だとしています。また ori も【K; H(テシオ)】の「坂;丘」としているので、ori を「丘」と解するのは主に樺太と道北の流儀だった可能性がありそうです。

アイヌ語方言辞典」(1964) には「丘、小山」を意味する語として húr, -upón nupuri などが掲載されていて、樺太での語として「丸い丘」が 'orii で、「木のない丘」が kipiri、「青木の生えた低い丘」が hunki とあります。やはり ori樺太で使われることが多かったように見えますね。

釧路地方のアイヌ語語彙集」には hunki が「砂丘」とあり、iwa が「岩山、丘」とあります。興味深いことに hurur も、そして ori も言及がありません。ただ uri が十勝で確認されているので、釧路でも uri が通用した可能性は十分にあるのでは、と想像しています。

このあたりの地形はちょっと面白い形をしていて、西を流れる阿寒川の東西には河岸段丘と思しき丘が広がっています。オリヨマップ川は東側の段丘の裏側を流れる川で、確かに ori-oma-p で「丘・そこに入る・もの(川)」という解釈は納得できるものです。

「あの世に行くもの(川)」?

ちょっと気になるのが、「釧路地方のアイヌ語語彙集」に orooma で「あの世に行く」と記載されている点です。orooma はどうやら {or-o-oma} らしいので、{or-o-oma}-p で「{あの世に行く}・もの(川)」と読めそうな気がするのですね。or-o-oma を逐語訳すると「中に・ある・そこに入る」とかでしょうか……?

道内には ahun-ru-par で「入っている・路・入口」、より具体的に言えば「あの世への入口」と呼ばれる場所があちこちにあるとされています。「オリョマップ川」も「あの世に行く川」と認識されていた可能性も……あったりする、かも?

エブシナイ川

e-puy-us-nay??
頭(水源)・岬・ついている・川
(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

オリヨマップ川の西支流で、道道 243 号「阿寒標茶線」の北を流れています。エブシナイ川は途中で二手に分かれていて、南側(道道寄り)の支流が「ポンエブシナイ川」です。

水源が海側にある川?

e-pis-oma-nay であれば「頭(水源)・浜・そこにある・川」となります。これは川を遡ると海の方に向かってしまう川のネーミングですが、エブシナイ川を遡ると最終的には北西、あるいは西に向かうので、ちょっと不適切な感じがします。

南支流の「ポンエブシナイ川」を遡ると、西南西、あるいは南に向かうことになるので e-pis-oma-nay と呼ぶ *要件* を満たしている……かもしれません。ただ、この考え方はちょっと牽強付会が過ぎる感もありますね。

epuye-puy

では epuy-us-nay であればどうでしょう。epuy は「頭」を意味し、転じて「小山」を意味するようですが、それっぽい山が流域にあるかと言うと……うーん、ちょっとびみょうな感じでしょうか。

epuy は色々なものを言い表すのに使用されるようで、知里さんの「植物編」(1976) には次のように記されていました。

epuy(北 —e, 樺 —he)もと “頭” の義で,種々のものをさす。i)花。hap~ クロユリの花(§342)。ii)穂。sarki~ 葉の穂(§397)。iii)芽。ayusni~ タラノキの頂芽(§123)。top~ タケノコ(§383)。iv)果實。penup~ イケマの果實(§74)。<e(頭)-puy(塊)。

大まかに言えば「花、蕾、実、種」などを意味するみたいですね。拡大解釈的な用法としては epuy で「ふきのとう」を意味する……というものもありました。

ですので、epuy-us-nay は「果実や種・多くある・川」と読めそうですし、あるいは e-puy-us-nay で「そこに・エゾノリュウキンカの根・多くある・川」かもしれません。epuy ではなく e-puy と考えるほうが地名の世界では多数派だったかも……?

岬のそばから流れる川?

改めて「地名アイヌ語小辞典」(1956) を見てみると、次のような記述がありました。

puy, -e  ぷィ ①穴。= suy.  ②【シャリ】頭;岬。③こぶ山。④【キタミ;クシロ】川の中または沿岸に棧橋をさしかけて,その上に簡単な屋根をつくり,中に坐っていて下を通る魚をタモやヤスでとる漁法があった。その棧橋を言う。⑤エソノリュウキンカ(方言やちぶき)の根。「ぷィタウㇱナィ」~-ta-us-nay「エゾノリュウキンカの根を・掘る・習わしになっている・沢」(各地にそういう地名がある)。
知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.103-104 より引用)

こうやって見てみると、puy もいろんな使われ方をすることが良くわかりますね。最初に気になったのが④の「漁のための桟橋」ですが、改めて全体を俯瞰してみると②の可能性もありそうな気がしてきました。

「エブシナイ川」上流部の南北には山が伸びていますが(これは当たり前ですね)、特に水源部の西側の山が岬っぽい……と言えなくは無いかもしれません。試案レベルの解ですが、e-puy-us-nay で「頭(水源)・岬・ついている・川」あたりかもしれないな、と思えてきました。

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