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キング・ヒロの真実

生粋の関西人です

かつて「ヒロ松下」というインディカーレーサーがいたのをご記憶の方もいらっしゃるかと思います。どことなくバタくさい名前ですが、本名を「松下 弘幸」という生粋の関西人です。

生い立ち
パナソニックの創業者である松下幸之助の孫として兵庫県西宮市に生まれる。
Wikipedia 日本語版「ヒロ松下」より引用)

てなわけでして、

モータースポーツ
モトクロスやシビックワンメイクレースなどを経て、1986年にアメリカに渡り、フォーミュラ・フォード、IMSA GTP、フォーミュラ・アトランティック(現在のアトランティック・チャンピオンシップ)、ARSなどに参戦する。1989年にフォーミュラ・アトランティックでチャンピオンを獲得し、1990年よりトップカテゴリーのCART(後のチャンプカー・ワールド・シリーズ)に参戦した。インディ500に参戦した初の日本人ドライバーで、過去最高位は10位入賞(1995年)。
Wikipedia 日本語版「ヒロ松下」より引用)

という実績を残しています。F1 を目指すのではなく、当時(今も?)比較的マイナーだったアメリカンモータースポーツの頂点(フォーミュラとしては)を目指すあたり、なかなか目利きですよね。

インディカーってこんなのです

参考までに、当時エマーソン・フィッティパルディがドライブしていた Penske の写真をどうぞ。

Wikimedia Commons より借用。この作品の著作権者である Morio 氏は、この作品を以下のライセンスで提供しています。:
The Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 License.

いやー、やっぱ Penske 格好良いです。McLaren MP4/4 よりも更に格好良く見えますねー。

As a result, he has always carried Panasonic sponsorship.

さて、そのヒロ松下さん、英語版の Wikipedia では次のように記されています。

Hiroyuki "Hiro" Matsushita (ヒロ松下 Hiro Matsushita, born March 14, 1961, Kobe, Japan) (full Kanji:松下弘幸), is a former driver in the Champ Car series. He is the grandson of Konosuke Matsushita, founder of Matsushita Electric Industrial Co.; as a result, he has always carried Panasonic sponsorship.

(Quoted from Wikipedia, "Hiro Matsushita" )

やっぱりアメリカで活躍しただけあって、英語版のページのほうがむしろ内容が濃いですね。中でも "as a result, he has always carried Panasonic sponsorship" という一文は正鵠を射ています。敢えて和訳すると「結果として、彼は常にパナソニックのスポンサードを持ち込んできた」といったところでしょうか。もっとも Panasonic の偉いところは、ヒロ松下が(実質的に)引退した後も IndyCar へのスポンサードをちょくちょく行っているところですね。昨年は Andretti Green Racing の武藤英紀のスポンサーをしていましたし。

キング・ヒロの真実

さて、ヒロ松下の話に戻しますが、目を見張るほど速いレーサーだったかと言うと、うーん……ということで、まぁ、結構周回遅れになることも少なくなかったわけです。逆に言えば着実なレーサーだったとも言えるわけですが、Wikipedia 日本語版にはこんな記述もあります。

ニックネーム
CART時代に完走率の高さからマイケル・アンドレッティより「KING HIRO」のニックネームを頂戴する。
Wikipedia 日本語版「ヒロ松下」より引用)

1990 年代前半ですから、「キング・カズ」のニックネームは既にあったんでしょうかねぇ。とりあえず、ここに「キング・ヒロ」が誕生したわけです。

一方、英語版の記事には全く異なる事実が記載されています。

Nickname
Matsushita earned the nickname "King Hiro" from Emerson Fittipaldi, who was complaining about Hiro's reluctance to cede track position when getting lapped by the leaders.

(Quoted from Wikipedia, "Hiro Matsushita" )

他ならぬ、元 F1 チャンピオンでインディ 500 も 2 度ほど制覇したエマーソン・フィッティパルディが名付け親だとしています。そして、その理由は「周回遅れにされる際にコースを譲ろうとしないから」なのだとか(笑)。つまり、エモはヒロに対して憤っていたわけなのですが、では、何故「キング」なのかという謎が出てきます。これはエモならではの皮肉なのかと言えばそうでもなくて、以下のような「理由」があったそうです。

The nickname came about as a result of Emerson's habit of pressing the "talk" button on his radio about half a second after he'd started speaking, thereby cutting off the first syllable of the first word he used. Fittipaldi, allegedly, had intended to say "Fucking Hiro!"

(Quoted from Wikipedia, "Hiro Matsushita" )

軽く和訳しますね。

このニックネームは、無線の『通信』ボタンを押すのが発話よりほんの少し遅れるエマーソンの癖のため、彼が口にした最初の単語の最初の音節がカットされていたことに依るものだった。伝えられるところに依ると、(エマーソン)フィッティパルディは『***king Hiro !』と言おうとしていたとのことである。

ってことで……ぎゃっはっはっは!!

いやぁ、世の中知らない方が良いこともあるって事ですねぇ(笑)。

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