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北海道のアイヌ語地名 (1001) 「知布仁牛・俣落・パナクシュベツ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

知布仁牛(ちぷにうし)

{chip-ni}-us-pet
{舟材}・多くある・川
(典拠あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

道道 775 号「上武佐計根別停車場線」から 450 m ほど北西の、中標津町字西竹に位置する二等三角点の名前です。三角点の北を「鱒川」が流れているのですが、いかにも和名っぽい感じのする川名で、やはりと言うべきか「東西蝦夷山川地理取調図」にはそれらしい川を確認できません。

戊午日誌「東部志辺都誌」にもそれらしい記録が見当たらないのですが、明治時代の地形図には現在の「鱒川」の位置に「チプニウシュペツ」と描かれていました。

ところが、困ったことに陸軍図では、現在の「荒川」の位置に「チプニウシベツ川」と描かれていて、明治時代の地形図で「チプニウシュペツ」と描かれていた川(=鱒川)の位置には「パウシベツ川」とあります。

「パウシベツ川」は養老牛温泉の近くで標津川に合流する支流の名前なので、これは……誤記入っぽい感じでしょうか。現在はどちらも「荒川」「鱒川」というありきたりな名前になっているのですが、理由の一端は陸軍図がもたらした混乱にあるのかもしれません。

うっかりミスがあったからか、川名としては失われてしまった「チプニウシ(ベツ)」ですが、幸いなことに三角点の名前として生きながらえています。肝心の地名解ですが、永田地名解に記載がありました。

Chip ni ush pet   チㇷ゚ ニ ウㇱュ ペッ   舟材多キ川 ピンニ樹茂生スル處ナリ

「ピンニ樹」は「ヤチダモの木」のことで、Wikipedia によると「硬質で弾力性に富むため、野球のバットやテニスのラケットに使用される」とのことなので、舟の材料としても申し分のないものだったのかもしれません。{chip-ni}-us-pet で「{舟材}・多くある・川」と見て良いかと思われます。

俣落(またおち)

mata(-chep)-ot-i
冬(・魚)・多くいる・ところ(川)
(典拠あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

中標津町の真ん中あたりの地名で、同名の川も流れています。戊午日誌「東部志辺都誌」にも「マタヲチ」という名前の川が記録されています。

永田地名解には次のように記されていました。

Mata ochi   マタ オチ   冬居川 此川「メム」三個所アリテ鮭多シ冬日モ亦滞留スルコトアリ故ニ名ク或「アイヌ」ハ「マタオウチ」ト云フは訛ナリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解国書刊行会 p.379 より引用)

mata が「冬」なのは理解できるのですが、それに続く「オチ」に若干の違和感が……。たとえば道南の「知内」だと chir(i)-ochi で「鳥・多く居るところ」だと考えられるのですが、「冬」が「多くいる」というのはちょっと引っかかりますよね。

山田秀三さんの「北海道の地名」には次のように記されていました。

つまりマタ・オチ「mata-ochi←mata-ot-i 冬・ごちゃごちゃいる・もの(川,処)」と解されたのであった。
山田秀三北海道の地名」草風館 p.233 より引用)

……あれ? 冬が、ごちゃごちゃいる……? 何故か「冬が多く居る」に違和感を表明する人が見当たらないのですが、これはきっと mata(-chep)-ot-i で「冬(・魚)・多くいる・ところ(川)」なのでしょうね。

mata-chep は「冬に遡上する鮭」のことだとされますが、今更 mata-chep と言わなくても mata で十分意味が通じた、ということなのかも知れません。

パナクシュベツ川

{pa-na}-kus-pet?
{海に近い側}・横切る・川
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

落川の西支流で、俣落川中流あたりで合流しています。「東西蝦夷山川地理取調図」にはそれらしき川が描かれていますが、川名の記載はありません。同名の川女満別町大空町にも存在します。

「北海道地名誌」には次のように記されていました。

 パナクシュペツ川 俣落川の右支流。アイヌ語で川下を通る意である。
NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.716 より引用)

「パナクシュツ」は pana-kus-pet だろう……というところまでは容易に想像できるのですが、意味するところが今ひとつスッキリしません。鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」にも次のように記されていました。

パナクシペツ
 俣落北十七号町道の上手 2 キロ付近を、左側から俣落川流入している。
 パナ・クㇱ・ペッ(pana-kus-pet 川しもの方を・通る・川)の意ではあるが、どういうわけで「川しもの方」なのかわからない。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.400 より引用)

あー、やはりそうなりますよね。

ここ半年ほどで学んだような気がするのですが、kus は「通行する」と解釈するほか、「横切る」と解釈したほうがより適切な場合もあるような気がします。そして pa-na- について「地名アイヌ語小辞典」を眺めてみると……

pá-na  ぱナ ①川下の方。 ②【ビホロ】海に近い方。pa-na-wa-an-not-ka 海寄り・に・ある・出崎・〔の〕上。(対 →pe-na)。[→pa+na]
知里真志保地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.85 より引用)

パナクシュベツ川の西側は河岸段丘になっていて、(パナクシュベツ川の)河口付近では高低差は 25 m 近くになります。西側の段丘上から見た場合、「パナクシュベツ川」は「台地の東側を横切る川」と捉えることができるので、そのことを指して {pa-na}-kus-pet で「{海に近い側}・横切る・川」と呼んだのではないかな……と考えてみました。

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