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「日本奥地紀行」を読む (157) 白沢(大館市) (1878/7/29(月))

イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日は引き続き、普及版の「第二十七信」(初版では「第三十二信」)を見ていきます。

この記事内の見出しは高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。この対照表は、高梨謙吉訳「日本奥地紀行」(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳「バード 日本紀行」(雄松堂出版)の内容を元に作成されたものです。

くだらない論争

イザベラはひどい雨の中、大館市白沢(JR 奥羽本線白沢駅の近く)に到着したものの、この先の道路が通行止めのため、白沢で一泊することを余儀なくされます。ところが(通訳兼アシスタントである)伊藤と宿の主人が口論を始めてしまい……

結論的に言えば、宿の主人は私に宿を貸すことを断ったのである。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行平凡社 p.296 より引用)

なんと! もちろん宿の主人にも言い分があったようで……

理由は、先週に警官が回ってきて、外国人がまず最初に最寄りの警察署に届けをしないうちは、宿を貸してはいけないという。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.296 より引用)

うー、これはなんとも日本的な……(汗)。ちょっと気になるのが「先週に」というところで、イザベラが久保田(秋田)に入ったのが 1878/7/22(月) あたりと考えられるのですね。イザベラが秋田に向かって北上していることは既に知られていたでしょうし、事前に警察が手を打った可能性もあったりするのでしょうか。

もっとも、これはイザベラに対する嫌がらせと見るよりは、「あまりに粗末な宿に外国人を寝泊まりさせるのは沽券に関わる」といった、いかにも明治政府らしい「見栄っ張り」な考え方がベースにあったのかもしれません。イザベラにとってはありがた迷惑極まりない話ですが、政府筋、あるいは警察筋は「なんならこれで旅行を断念してもらっても構わない(むしろ歓迎)」と考えていた可能性もゼロではないかも……?

この場合、警察署は歩いて三時間もかかるところにある。私は、勅令によって発行されている旅券を秋田県当局がいかなる地方規則によっても握りつぶすことはできない、と言ったが、彼は、もし規則を破ったら罰金を科され営業許可を取り消される、と言った。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.296 より引用)

こういったイザベラ姐さんの交渉術は、大英帝国の権威を笠に着た感もあるものの、中々大したものですよね。まぁイザベラにしてみれば、自分の知らないところで罠をかけられて進退窮まっているというのが正直なところでしょうから、宿の主人の首根っこを押さえてでも部屋をゲットする *必要* があるわけですが……。

イザベラは宿の主人がある意味では「被害者」であることをちゃんと認識していたので、最大限に「筋を通した」ようで……

私は、旅券の写しをとらせ特別に使者を走らせてやった。私が権利を主張するあまり、このかわいそうな主人に迷惑をかけては、後で深く悔やむだろうと思ったからである。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.296 より引用)

その結果、なんとか部屋をゲットすることに成功します。部屋は池に面していて、これはまた風情のある……と思ったのですが……

部屋はあたかも蚊を招くかのように池の上に突き出して建ててあった。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.296 より引用)

イザベラ姐さん……。

どうして日本人は、こんな汚い水溜まりが家の装飾になると思っているのか、私には分からない。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.296 より引用)

ひどい……(絶句)。

悩まされる支配力

イザベラ姐さんの悪態のつき方がいつも以上に酷いのですが、これはやはり意味もなく部屋の確保に苦労させられたことが原因……でしょうか。なぜ今回のトラブルが発生したのか、イザベラは詳細を記していました(「普及版」ではカットされた内容です)。

実際のところ、政府の規制は厳しすぎ、変更に際限がなく不都合に変わるのは現体制の欠陥です。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺中央公論事業出版 p.113 より引用)

どうやら「朝令暮改」を地で行っていたっぽい感じですね。まぁ変えなくても良い仕組みを意味もなく改変して現場に混乱を齎すというのは、今も大差ないような気もしますが……(今の政府も恐ろしく愚かなので)。

宿の主人たちが、宿帳にすべての旅人の名前や旅行の目的地だけでなく、どこからやってきたのかも記録する義務があり、その宿帳は毎月戸口調査に来る警官に提示しなければなりません。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.113 より引用)

「宿帳」の記入とパスポートの提示は今でも「旅館業法」で定められたルールなので、現代人にとってはそれほど違和感のある話では無いのですが、当時はまだまだルールの作成と運用が試行錯誤で行われていたと思われるので、現場は混乱の極みだったのでしょうね。

外国人の要求

イザベラによると、「外国人を当局の許可なく宿泊させる」と宿の主人に罰金が科せられ、罰金を支払わないと鞭で打たれるとのこと。こういった形で発生する「追加コスト」もさることながら、イザベラはそれ以外の点においても「外国人旅行者は追加コストを負担すべき」と考えていたようです。

 これらの特別の厄介ごとは別としても、6~8人の日本人が充分満足していられる場所をたった一人の外国人が占有し、部屋には水を持ってくるように言うし、とんでもない時間に変な食べ物を料理させ、大抵はもっと余計な問題を起こすので、主人は外国人には、より高い宿泊代を請求する権利があると思います。この点では、私はまったく宿の主人側の味方です。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺中央公論事業出版 p.113 より引用)

「とんでもない時間に変な食べ物を料理させ」というのは「???」ですが、そう言えば伊藤も偶にニワトリを買ってきて宿に持ち込んでいましたね……(汗)。

イザベラは、ごく僅かな例外を除いて、泊まった宿をシニカルに評するのが常ですが、コスト面から見た評価はちょっと意外なものでした。

良い部屋に、自由に使える布団フトン、充分に燃料の補充された火鉢ヒバチや顔を洗うためのお湯、一晩中灯している行灯アンドン、ケチケチしないで出されるご飯やお茶の代価として、チップもやらずに、たったの 15 銭しか払わない幾人かの同国人や多くのアメリカ人を恥ずかしく思います。燃料、蠟燭、2 回の食事、良い部屋、気配りのとどいたもてなしなどでたったの 7 ペンス!
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.113-114 より引用)

「幾人かの同国人と多くのアメリカ人」にはお茶を吹き出しそうになりました(汗)。「普及版」でカットされた内容はここまでですが、「普及版」でも宿の話題が続いていました。

 私の宿料は《伊藤の分も入れて》一日で三シリングもかからない。どこの宿でも、私が気持ちよく泊まれるようにと、心から願っている。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行平凡社 p.296 より引用)

ん……? なんか妙なことを言ってるなぁ……と思ったのですが、原文を見てみると……

My hotel expenses(including Ito's)are less than 3s. a-day, and in nearly every place there has been a cordial desire that I should be comfortable,
(Isabella L. Bird, "Unbeaten Tracks in Japan" より引用)

あー、すいません。今回は私の完全な誤読だったようです。高梨さんの訳は「どこの宿でも、私が気持ちよく泊まれるようにと、心から願っている」だったのですが、私はこれを「私は、どこの宿でも気持ちよく泊まれるようにと、心から願っている」と読んでしまったのです。

この文の主語は「宿」で、「あらゆる宿」「イザベラが気持ちよく泊まれるように」と「心から願っている」……が正解でした。日本語って難しい……(主語が大きすぎる)。

イザベラは、「外国人旅行者」である自身が宿の主人に余計なコストを負わせていることを再認識したのか、ステマのような贖罪のような文章を続けます。

日本人でさえも大きな街道筋を旅するのに、それから離れた小さな粗末な部落にしばしば宿泊したことを考慮すると、宿泊の設備は、蚤と悪臭を除けば、驚くべきほど優秀であった。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.296 より引用)

もっとも、ちゃんと「蚤と悪臭を除けば」と釘を刺しているあたりはさすが姐さん……ですね。まだステマぉぃ)には続きがありまして……

世界中どこへ行っても、同じような田舎では、日本の宿屋に比較できるようなものはあるまいと思われる。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.296-297 より引用)

だそうです™。昔から日本には至るところに旅館があり、また民宿もありましたが、旅行者の宿泊先でここまでユニバーサルサービスが展開できている国は、実はそんなに無いのかもしれませんね。

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