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滝の音はたえて久しくなりぬれど……

四方田犬彦は違うみたいです(←

アイヌ」と言えば北海道、と連想するのが普通ですが、史料上は、少なくとも 17 世紀の頃には、北東北の僻地にもアイヌの集落が見られるそうです。江戸時代の史料になるのですが、アイヌの集落は「犬村」(正確には「けものへん」に「犬」)と書かれています。また、その「アイヌ村」に住む人の名も、軒並み「○○○犬」といった、とうてい人の名とは思えないような名前になっています。

大変残念な話ですが、江戸時代の役人にとっては、アイヌは人として扱われていなかった、と考えざるを得ません。「征服する側」が、土着の民を人扱いしない……というのは洋の東西を問わずある話ですが、他ならぬ我々日本人もその轍を踏んでいた、ということになります。

伝家の宝刀「同化政策

ちなみに、北東北のアイヌの民は、山田秀三さんの「津軽の犬村の記録」(「アイヌ語地名の研究 <3> ─山田秀三著作集─」に所収、これも「犬」の字は同様に「けものへん」に「犬」)によれば、1756 年に「和人籍に編入」されたのだそうです。明治以降には北海道でも、同様の「同化政策」が取られましたし、後には併合後の韓国に対しても同様の政策を取ることになります。いわば日本人の「お家芸」のようなものですが、古くは「えみし」や「えぞ」に対しても似たような手が用いられていた、ということになります。

もっとも、「同化政策」というものは、基本的には被征服者の文化の否定に他ならないわけで、決して無条件に褒められたものではない……とも言えます。もちろん、「全てが悪」と決めつけられるものでもないので、例によって例のごとく、評価が難しいのですけどね。

「犬村」の「けものへん」に「犬」という字の話ですが、山田さんの別の書には「狄村」と記されていました。「夷狄」(いてき)という単語に使われる字です。もしかしたら「けものへん」に「犬」というのは「狄」の変字体かも知れません。

東北北部のアイヌ語地名

ま、ここ数日にわたる壮大な前フリ(←)で、東北地方の中でも北部のほうには、アイヌの民が名付けたと思しき地名が、北海道に負けず劣らず多く見られる、という「仮説」には、皆さんも首肯していただけるものと思います。

山田秀三さんは、在野の方(プロの研究者ではない、ということ)とは言え、極めて学術的に調査を進められたので、その著書には極めて明確な「アイヌ語地名」ばかりが出てきます。例えば「佐比内」(さっぴない)だったり「尻労」(しつかり)だったり、あるいは「ワシリ」だったり「今別」(いまべつ)だったりと、アイヌ語で解するのに *ふさわしい* ものばかりです。

滝の音はたえて久しくなりぬれど……

ちなみに、山田秀三さんの見解としては、このような「あからさまなアイヌ語地名」は、福島県あたりを境に見られなくなるのだそうです。福島県と言えば、中通りの「白河関」だったり、浜通の「勿来関」があたりが有名かと思います。

「勿来」は、藤原公任(ふじわら の きんとう)の和歌でも有名かも?知れません。百人一首の「なこそなかれて なほきこえけれ」の「なこそ」は、「勿来関」(なこそのせき)とかかっている……のだと思いますが……異説もあるとか……。

ま、そんなわけで、福島県は、中世には既に「蝦夷討伐」の最前線だったわけですから、福島以南にはその手の地名が見受けられない、という山田さんの説は、極めて当を得たものだと言えるかと思います。

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