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アイヌ語地名の傾向と対策 (205) 「熊牛・毛根・美蔓」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

熊牛(くまうし)

kuma-us-i
物乾かし棚・多くある・川
(典拠あり、類型あり)

清水町東部の地名・川名です。割と良くある地名なのですが、さてその意味は……。まずは山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょう。

クマウシ(kuma-ush-i 物乾し・多くある・処,川)の意。クマは先が二股になった棒を二本立てて,上に物乾し竿を渡し,魚などを懸けて乾したもののことであった。
山田秀三北海道の地名」草風館 p.321 より引用)

ふむふむ。割とそのまんまの感じですね。念のため、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」も見ておきましょうか。

もともとは十勝川東岸のアイヌ地名で、クマは物干竿のことで、それの沢山あるところという意で、魚が沢山とれたのを竿にかけて乾したところで、豊漁の地ということである。

「で、で、で、で、である」というのがいかにも更科さん風の文章ですが、大意はほぼ同じようですね。kuma-us-i で「物乾かし棚・多くある・川」と解釈できそうです。

ちなみに、明治期の地図を見てみると、熊牛川と思しきところに「シペウンペツ」と記されています。これは sipe-un-pet で「本当の食べ物(鮭)・多くある・川」なのでしょうね。更科さんが「豊漁の地」と記したのも然もありなんといったところでしょうか。

毛根(けね)

kene
はんのき
(典拠あり、類型多数)

思わず、中村雅俊さんの顔が浮かんだりしますが……(なんでだ)。「もうこん」だと意味不明ですが、「けね」だと実は意味は簡単だったりしてですね……。あ、芽室町西部の地名です。

更科さんの「──地名解」に記載がありましたので、一応引用しておきましょう。

芽室町十勝川北岸の字名。ケネははんのきのことであり、この付近ははんのきが多かったのでそう呼んだという。
更科源蔵更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.223 より引用)※ 強調部は原著者による


はい。kene は「はんのき」のことですね。もともとは kene-us-i なり kene-pet などと言った地名(川名か)だったと思われるのですが、松浦武四郎の「東西蝦夷山川地理取調図」にも、既に「ケ子」としか書かれていなかったので、随分前から「けね」と呼ばれていたものと考えられます。

なお、現地には「毛根 27 号」という道路?の案内板もあるのだとか。一度現物を見てみたいですね。

美蔓(びまん)

pipa-us-i
からす貝・多くある・ところ
(典拠あり、類型多数)

上川郡清水町から河東郡鹿追町にまたがる地名です。

なんだか良く分からない地名が出てきました。まずは更科さんの「──地名解」を見てみましょうか。

清水町の字名、鹿追町内にも同じ字名がある。アイヌ語のピパウシのなまったものと思われる。
更科源蔵更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.222 より引用)

ふむふむ。pipa-us-i だと「からす貝・多くある・ところ」となるのですが、「びまん」と「ぴぱうし」では相当な違いがあるのが気になります。やはり更科さんもその点が気になったようで、

然しピパウシがビマンになるということは、無理のようにも思われるが、
更科源蔵更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.222 より引用)

と書いてみたものの、

この付近に適当の地名が見当たらない。
更科源蔵更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.222 より引用)

最後は投げやりになってしまったようです。This is rock! ですね。

更科さんが投げやりになってしまったので、山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょうか。

美蔓 びまん
 清水町内。サオロブト(佐幌川口)から東北に少し行った処で,芽室町鹿追町との境の辺の地名。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.321 より引用)

はい。ここまでは問題無いですね。

この土地の名は元来はピパウシであったのが訛って美蔓となったものらしい。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.321 より引用)

ありゃ。更科さんと同じことを書いているのですが、これだと何故「ぴぱうし」が「びまん」になったのかが良くわかりません。

ところが、おかしなことがあるもので……。「北海道の地名」の p.317 には、次のように記載があります。

美蔓 びまん
 美蔓は芽室町,清水町,鹿追町にわたってある地名。元来は美蔓(ビバウシ)村と呼ばれた旧村名からの名残りであろう。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.317 より引用)

何故か「美蔓」の項目が 4 ページ前にもあって、そこにはもう少し掘り下げた既述がありました。

大日本地名辞書(明治35年)は芽室村の処で「美蔓(ピパウシ)。ビハウと訛り,美蔓(蔓延の義に借る)とあてたるならん」と書いた。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.317 より引用)

原本の「大日本地名辞書」には、次のようにあります。

ビハフと訛り、美蔓(蔓延の義にかる)とあてしならんが、美帽子と仮借するにしかず。
(吉田東伍・編「大日本地名辞書 第八巻」冨山房 p.301 より引用)

やはり「美蔓」を「ピパウシ」と読ませるのは無理があったのか、「美帽子」と書かれたこともあったようですね。これはこれで面白い地名になったと思うのですが、残念ながら?「美蔓」という字が生き残ってしまったようです。

なぜ「蔓」といった字が当てられたのか……ですが、この字は「蔓延る」と書いて「はびこる」と読ませますよね。おそらくそこから「はび」あるいは「はぶ」と読ませようとした、のではないでしょうか。ただ流石に無理があったか、結局は「蔓」を「まん」と読ませることになってしまった、というオチのようです。

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