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アイヌ語地名の傾向と対策 (407) 「千畳・藻内・清次郎歌岬」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

千畳(せんじょう)

{kapar-us}-chikep-san-nay?
{水中の平岩}・崖・浜に出る・沢
{kapar-us}-tomari?
{水中の平岩}・泊地
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)

奥尻空港の少し北にある地名です。現在は「砥石」「米岡」そして少し北に「千畳」とありますが、戦前の地形図を見ると現在の「米岡」のあたりに「千畳」と記されています。もっとも「千畳」という地名は「千畳浜」から来ているのであれば、千畳浜にほど近いところが「千畳」となっている現在の形も、特に不自然では無いのですけどね。

というわけで、現在の「千畳浜」のあたりについてですが、東西蝦夷山川地理取調図には「カワルシカフサンナイ」と「カワルシトマリ」の文字が並んでいました。

また、西蝦夷日誌には次のように記されていました。

(是より土人に聞書)エヘウケエシヨ(岩磯)、カハルチカフサンナイ(小澤)、カエトマリ(沙濱)
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)時事通信社 p.22 より引用)

永田地名解には次のようにありました。

Kaparachikap san nai   カパラチカㇷ゚ サン ナイ  蝙蝠下ル澤

ふむふむ。「蝙蝠(こうもり)」とはこれ如何に……と思ったのですが、知里さんの「動物編」を見ると、確かに

§283. コオモリ類 E. ‘bat’‘flitter mouse’
( 1 ) kapáp [語原ははっきりしないが kap ‘皮’ káp-ne ‘皮ばかりの・中身のない’ kapár ‘うすっぺらな’ káppa ‘なめし皮’などに関係があるらしい; kap の 反復形 kap-ap で‘皮の如くうすっぺらなもの’の義であろうか;或はまた kapár-čikap [ → (3) ]の中略形でもあろうか] *1
( 2 ) kapák [<kapap] *2
( 3 ) kapára-čikap [<kapar(うすい) čikap(とり)] *3

このような記載がありました。chikap は「鳥」を意味しますが、厳密にはコウモリは哺乳類なんですよね。知里さんも

  注.──アイヌはコウモリを鳥の類に数えたらしい。
知里真志保知里真志保著作集 別巻 I『分類アイヌ語辞典 動物編』」平凡社 p.167 より引用)

と注釈をつけていました。語彙の採取場所が「ネムロ」(根室)となっているのが少々気になりますが、少なくとも道内では kapa なんとかと呼ばれていたと考えられそうです(樺太では tóriyanka あるいは kepútenka と呼ばれていたとのこと)。

ということで、永田説の裏付けも取れたのですが、個人的には少々引っかかりを覚えています。もっと素直に {kapar-us}-chikep-san-nay とか {kapar-us}-tomari と考えられないのかなぁ、と。{kapar-us}-chikep-san-nay だと「{水中の平岩}・崖・浜に出る・沢」となります。{kapar-us}-tomari だと「{水中の平岩}・泊地」ですね。

米岡から千畳浜に出る途中で 70 m ほどの高度差を一気に駆け下りる坂があるのですが、この下り坂沿いに川が流れています。これが {kapar-us}-chikep-san-nay だったんじゃないかなぁと考えているのですが……。

藻内(もない)

o-mo-nay
河口・静かな・沢
(典拠あり、類型あり)

千畳浜から少し北に向かったところにある地名で、同名の川もあります。「奥尻温泉」という温泉もありますね。

東西蝦夷山川地理取調図には「ヲモナイ」と記されている一方で、西蝦夷日誌には該当する記載を見つけることができていません。

「角川──」(略──)には次のように記されていました。

藻内は,アイヌ語のヲモナイ(流れのゆるい川,小さい川の意)によるという( アイヌ語地名解)。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.28 より引用)

まぁ、そんなところでしょうね。「ヲ」の音を拾ったならば、o-mo-nay で「河口・静かな・沢」と言ったところでしょうか。実際の藻内川は「流れのゆるい」とは言えないような気がしますし、「小さい」とも言えないような気がしますので……。

清次郎歌岬(せいじろううた──?)

sey-chir-ot-ota??
貝殻・鳥・多くいる・砂浜
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)

藻内から更に北上すると、やがてこれまた温泉で有名が「湯浜」と「神威脇」にたどり着きますが、湯浜・神威脇の少し手前(南側)に「鴨石トンネル」というトンネルがあります。道道 39 号はこの「鴨石トンネル」で「清次郎歌岬」をバイパスしているのですが、この「清次郎歌」という名前、ちょっと気になりますよね。

そもそもどう読むのが正しいかすらわからないので、推測に推測を重ねることになるのですが、偶にはお遊びに走ってもいいですよね? ということで……

仮に「清次郎歌」を「せいじろううた──」と読み、更にアイヌ語に由来すると仮定するならば……という大前提が入るのですが…… sey-chir-ot-ota と考えることはできないでしょうか。これだと「貝殻・鳥・多くいる・砂浜」となります。

ただ、岬を形容するのに「砂浜」というのは明らかに変です。これはどうしたものか……と思ったのですが、戦前の地形図を見ると「清次郎歌岬」の北側に砂浜があり、そこに「歌郎次淸」と記されています。現在の地形図では砂浜の存在が確認できないのですが、航空写真では現在も砂浜の存在を確認できます。もともとは岬の北側の地名だった可能性がありそうですね。

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*1:イブリ;ヒダカ;クシロ

*2:テシオ

*3:ネム