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春の道東・船と鉄路とバスの旅 2017 (プロローグ 8) 「暴走族等対策にご協力を」

鈴鹿市に入りました。3 車線区間のように見えますが、一番左は新名神(連絡路)の亀山 JCT からの流入車線です。

この流入車線ですが、実は 2.2 km ほどあります。ここはかつての「鈴鹿本線料金所」の跡地ですが、ここまで流入車線が続いていたんですね。そして「お、もしかしてこのまま 3 車線になるのか?」という期待を抱かせたところで……

この有様です(汗)。

3 車線化工事中

この「異様に長い流入車線」ですが、新名神からの流入車が引き起こす混乱をとにかく最小限に留めたい……ということなんでしょうね。「2 車線と 2 車線が合流した先が 2 車線」という設計は無謀の極みなのですが、事前のアセスメントではどのように判断していたのでしょう……?

実際には案の定と言うべきか、新名神トラフィックの大半が東名阪の亀山 JCT - 四日市 JCT流入することになり、この区間は「渋滞するのが当たり前」という状態になってしまいました。

これは東名の「音羽蒲郡渋滞」と同じ構造ですが、あちらは新東名のトラフィックが東名に流入するという、ある意味「先祖返り」的な側面を持ち合わせたものだったのに対して、東名阪の渋滞は「名神トラフィックが東名阪に流入」という点で、傍迷惑極まりないのがなんとも……。

結局、渋滞が常態化してしまったこともあり、慌てて 3 車線化工事を行ったわけですが……。この日もこんな感じで、なかなかの混雑ぶりでした。

難易度の高い看板

四日市 IC から先は、3 車線化工事が完成していたこともあり、車の流れが少し速くなったような気がします。

ただ、この 3 車線化工事は路肩を潰して走行車線に転用した区間も少なくなく、制限速度は名阪国道並みだったか、それ以下だったような記憶も……。東名の音羽蒲郡のあたりも、確か 50 km/h だったか 60 km/h だったか、その辺でしたよね。

かなり難易度の高い案内看板が見えてきました。これは四日市 JCT の案内のようですが、これを見て理解できる人はそもそもこの図を必要としていないような気も……。やはり同じように感じる人が多かったのか、2021 年にこの看板はゲートごと解体されたみたいです。

暴走族等対策にご協力を

跨線橋には「ゴールデンウィーク」の文字が入った横断幕が。ただ「暴走族等対策にご協力を」というのは想定の斜め上でしたね……(汗)。

御在所 SA が近づいてきました。確かにあの辺には山があったなぁ……と言う記憶があったのですが、こんなに大々的に削られていたんですね。色合いを見た感じでは、石灰岩ではなく土砂を採取しているのでしょうか。

四日市 JCT

四日市 JCT まであと 2 km の案内ですが、随分と穏便なものになりましたね。四日市 JCT が設置されたのは 2003 年ですが、2016 年に新名神の一部区間が接続した際に大型の看板に差し替えたようです。

四日市 JCT まであと 1 km の案内もほぼ同型のものですが、新名神の新四日市 JCT と亀山西 JCT 間の開通を考慮して左側に余白が設けられています。右側の「名古屋西から先別料金」は公団ゴシックなので、以前からのものを流用しているということでしょうか。

四日市 JCT にやってきました。当時は新名神も事実上「東海環状自動車道」への連絡路と化していたため「東員出口」の案内がデカデカと出ていましたが、今は様変わりしているのでしょうね。

この日は伊勢湾岸道に入るのではなく、久しぶりに東名阪を走ってみることにしました。

前方に夥しい数の橋が見えます。北陸自動車道の魚津あたりにも似たような感じの場所がありますが、ここで見えている橋はどれも四日市 JCT の本線とランプウェイのようです。

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