やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。
ハッタリ川
根室の市街地の西側を流れる川です。国土数値情報では「ハッタリ川」が根室湾に注ぐとされていますが、地理院地図のベクトルタイル「自然地名」では「ハッタリ川」が旅館「
これは「ベクトルタイル」がやらかした……と考えるべきなんでしょうね。
「東西蝦夷山川地理取調図」には何故か「ハッタリ川」に相当する川名・地名が見当たりません。ただ「竹四郎廻浦日記」には次のように記されていました。
コイトイ 子モロより四丁、ハツタラへ二十丁
ハツタラ 十五丁
アツケシヱト 十丁
また「初航蝦夷日誌」にも次のように記されていました。
アツケシヱト
砂浜。出岬也。廻り而直于
ヱルウシ
沙浜通りしばし行
ハツタラ
沙浜少し山の方岡山。雑木立有るなり。越而
コヱトイ
此処少し出岬。廻りて湾の方へ入りて小川有。
永田地名解には次のように記されていました。
Hattara ハッタラ 淵 根室市街ト根室村ノ境に在ル川ナリ
どう見ても解に迷うことは無さそうなので、ここまで引用する必要も無かったような気もしますが……。素直に hattar で「淵」と見て良いかと思われます。共和町(後志総合振興局)の「発足」とは「兄弟地名」なんでしょうね。
恋問川(こいとい──)
根室の市街地のほぼど真ん中を流れて、根室湾に注ぐ川です。イオン根室店(旧「ポスフール根室店」)の南のあたりを流れているようですが、地理院地図には川として描かれていません。
「東西蝦夷山川地理取調図」には「ユエトイ」と描かれていますが、これは「コエトイ」の誤字と見るべきなんでしょうね。
明治時代の地形図には「コイトイエ川」と描かれていました。これは釧路の「恋問」と同じく koy-tuye で「波・切る」と見るしか無さそうな感じでしょうか。
永田地名解には次のように記されていました。
Koi tuye コイ ト゚イェ浪越 浪ノタメニ潰ユル處ノ義ナリ今俗語ニ從ヒ浪越ト譯ス○彌生町一丁目櫻橋ノ邊ナリ
現在の恋問川は弥生町二丁目にある「桜橋交番」のあたりから道路の下を流れて、弥生町一丁目のあたりで根室湾に注いでいます。永田方正が記録した「桜橋」は交番の名前として今も健在なんですね。
根室の「恋問川」は、稚内の「声問」や釧路の「恋問」、苫小牧の「
紅煙岬(べにけむり──?)
根室の市街地から道道 35 号「根室半島線」を北上すると、市街地を抜けたすぐ先(北浜町一丁目と北浜町二丁目の間)で「一番川」という川を渡るのですが、「一番川」の河口の 130 m ほど北北西に「紅煙岬」という岬があります。この岬、どうやら「べにけむり──」と読むらしく……。
この「紅煙岬」ですが、「初航蝦夷日誌」には「ヒンケウムイ」とあり、また戊午日誌「東部能都之也布誌」には次のように記されていました。
またしばし小笹原を来るや
ヒンケウモイ
此処一ツの岬に成り、上に台場有。是え来れば子モロの会所元見ゆるなり。其地名の訳は崖の下長く小石が有る故に号るとかや、ヒンケウムイとは小石の湾と云儀。
突然ですが
ではここで問題です。上記引用文を参考に、ここまでの文章の矛盾点を述べてください(10 点)。
解答ですが、「ヒンケウモイ」と「ヒンケウムイ」で表記が揺れている……ではなく、「是え来れば子モロの会所元見ゆるなり」が変なのですね。現在「紅煙岬」とされている場所は北東に面しているので、ちょうど南西にある根室の市街地は見えない筈なんです。
改めて明治時代の地形図を眺めてみると、ふむふむなるほど。弁天島の北東にあたる「琴平町一丁目」のあたりに「ペニケウエイ岬」と描かれています。ここなら根室の市街地を一望できるので、松浦武四郎が記録した「ヒンケウ
「小石の湾」?
「ヒンケウモイ」が「小石の湾」というのはちょっと理解に苦しむのですが、永田地名解にも次のように記されていました。
Pinnetke moi ピンネッケ モイ 小石ノミアル灣 和人「ベニキムイ」ト呼ブハ非ナリ又「ビンヌクケモイ」(ヤチダモヲ取ル灣)ニモアラズ此邊「ビンニ」ノ樹ハナシ
うーむ……。そういえば「午手控」にも次のように記されていたんでした。
ヒンケウムイ
崖の下長く小石有るが故、ヒンケウ(シ)ムイと云よし。ヒンケは小石のよし也
「ヒンケは小石のよし」とありますが、「地名アイヌ語小辞典」を見てみると……
pikew, -e【H】/-he【K】 ピけゥ【ビホロ;クッシャロ; K】小粒の石;バラス。
あっさりと答らしきものが出てきました(汗)。ふむふむ、pikew-moy で「小粒の石・湾」と考えられそうですね。
となると今度は永田地名解の「ピンネッケ モイ」が何なんだ……という話になるのですが、何なんでしょうこれ(汗)。pi-{not-kew}-moy で「小石・{岬}・湾」とかですかね……?
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