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北海道・東北の旅 2010/夏 (46) 「アイヌの神『オキクルミ』伝説の真実……をちょっとだけ(← 」

「三航北国日誌」第 46 回です。本日は、アイヌの神「オキクルミ」伝説の真実に鋭く迫……りきれない中途半端な内容(←)でお届けします(ごめんなさい)。

和人が指導的立場にあることを内外に知らしめる必要があった

人々が義経の幻影を蝦夷地(北海道)に求めたのは、「判官贔屓」という日本人ならではの心情も然る事ながら、和人の蝦夷地への「進出」に歴史的なお墨付きを与えたかった、という側面も否定できないかと思います。即ち、「アイヌは和人によって教化されるべき存在である」という構図を補強するためのプロットを必要としていた、と言うことです。

その帰結として、「オキクルミ」は和人である必要があった

ところが、アイヌの側には「義経主従」にまつわる伝承などは存在していませんでした。存在していないのであれば、それっぽいものに合わせ込むしか無い、という発想の下で白羽の矢が立ったのが「オキクルミ」の伝説だった、と考えられそうです。

新井白石は、上記のように、アイヌ伝説のなかには、小柄で頭のよい神オキクルミ神と大男で強力無双の従者サマイクルに関するものがあり、この主従を義経と弁慶に同定する説のあったことを『読史余論』で紹介しているが、白石自身は「与安積澹泊書」のなかで簡単に否定している。
Wikipedia 日本語版「義経=ジンギスカン説」より引用)

義経主従のパブリックイメージと言えば、やはり「牛若丸と弁慶」コンビ以外にはあり得ないかと思います。怪力無双の大男「武蔵坊弁慶」と、弁慶よりも遙かに小柄でありながら、俊敏な身の熟しと智力・胆力で弁慶をうっちゃった「牛若丸義経」、この両名のイメージを「オキクルミ」と「サマイクル」に重ね合わせた、というところのようです。

果たして「サマイクル」は本当に「強力無双の従者」だったのか

ただ、引用文中には「強力無双の従者サマイクル」とありますが、この解釈には多少の疑問も残ります。というのも、知里幸惠さんの遺した「アイヌ神謡集」には、たびたび OkikirmuiSamayunkur、あるいは Shupunramka という「ヒト型の神」が出てくるのですが、「オキキルムイ」(=オキクルミ)と「サマユンクル」(=サマイクル)は決して主従関係には無い(ように見受けられる)からです。確かなのは「オキキルムイ」「サマユンクル」「シュプンラムカ」の中でも、飛び抜けて「オキキルムイ」が優秀であること位ではないかと思います。

……さも「アイヌ神謡集」の中身を諳んじているかのような筆致ですが、決してそんなことはなくて、「義経神社」や「ハヨピラ」の話題を語る上では欠かせない存在である「オキクルミ」のヒントが欲しくて、ゆうべ初めて目を通しただけだったりします(←)。yukar に関してはド素人もいいとこなので、諸賢諸姉のご教示を賜りたく……。

Que la Paz Prevalezca en la Tierra

さて、そんなこんなでインターコンチネンタルな義経神社です(前フリ長すぎ)。

参道を歩いていると……あちこちで見かける、この……柱。

拡大してみましょうか。

おっと、なんとスペイン語(右側)とフランス語(左側)です。これはまたインターナショナルな……。裏側は、おなじみの

日本語と英語なのでした。左側が英語で……って、言うまでもありませんね(←

Puisse la Paix Regner dans le Monde

さぁ、めちゃくちゃ寄り道した気もしますが、先に進みましょう!

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