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アイヌ語地名の傾向と対策 (319) 「ニオベツ川・シロチノミ川・メナシュンベツ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

ニオベツ川

ni-o-pet
樹木・そこにある・川
(典拠あり、類型あり)

浦河町東部の川の名前です。国道 236 号線「天馬街道」の野塚トンネルを抜けると、ニオベツ川沿いに坂を下りてゆくことになります。

「ニオベツ川」の記録は、戊午日誌に見つけることができました。

またしばし過て
     ニヲヘツ
左りの方小川。其名義不解也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.417 より引用)

残念ですが、あまり参考になりそうにないですね。

続いて、永田地名解には次のようにありました。

Ni o pet   ニ オ ペッ   樹ノ川

あーなるほど。割とそのまんまでしたね。ni-o-pet で「樹木・そこにある・川」と考えて良さそうです。

おまけ「謎のニナルベツ」

ちなみに、戊午日誌では「其名義不解也」の名調子でバッサリ切られた感のある「ニヲヘツ」ですが、次の「ニナルベツ」は随分と詳しく記載されていました。

またしばし過て
     ニナルベッ
左りの方小川。其名義は樹木多きと云儀也。本川シノマンメナシヘッと云、源ラッコに当る。其源は是より右のかたえ入るはラッコのうしろに当り、また左りの方え入るはヘロキナイのヤロマフに当るとかや。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.417-418 より引用)

現在の地図ではその存在を確認できない「ニナルベツ」ですが、明治期の地図を見た限りでは現在の「上二股の沢」のことを指していたようです。意味として「其名義は樹木多きと云儀也」とありますが、これはむしろ ni-o-pet の解として適切であるように思われます。(今度こそ)意味の混同・取り違えがあったのでは無いでしょうか。

「ニナルペッ」を素直に読み解くと ninar-pet かな、と思わせます。これだと「川岸の台地・川」となります(永田地名解には Ninar'un pet で「高原川」とありますね)。現実の地形を見てみると、国道 236 号線「天馬街道」の「翠明橋」の南側に台地状の地形が見て取れますが、これは「ニナルペッ」が「ニヲヘツ」と合流するところの地形なので、ちょいとだけ疑問が残りますね(ニナルペッの中流部にも、やや等高線の間隔が広いところはあるのですが)。

そして、戊午日誌には続きがありまして……。

尚くわしくは留辺之辺志に志るす。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.418 より引用)

これって「詳しくは Web で!」の嚆矢と言えるのではないでしょうか(笑)。

あ、何故に「謎のニナルベツ」なのかは、現時点では「ニナルベツ」でググっても何もヒットしないからです。

シロチノミ川

sir-chi-nomi?
山(断崖の絶壁)・我ら・祈る
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)

「謎のニナルベツ」こと「上二股の沢」の南隣を流れている、ニオベツ川の支流の名前です。明治期の地形図にも「シロチノミ」と記されていますね。東西蝦夷山川地理取調図だと、「シロチノミ」と思しき川に「ニヲヘツ」と記されているように見えます。

この「シロチノミ川」ですが、北海道地名誌に記載がありました。

 シロチノミ沢 十勝岳に発してニオベツ川に注ぐ左支流沢。元浦川にも同名の沢がある。
NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.576 より引用)

ということで、元浦川のほうの「シロチノミ沢」を見てみたところ……

 シロチノミ沢 元浦川水源部の沢のひとつ。アイヌ語で山に祈るの意か。
NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.574 より引用)

ん、山に祈る……? と思ったのですが、sir-chi-nomi なんでしょうか。これだと「山(断崖の絶壁)・我ら・祈る」となるのですが、一般的には chi-nomi-sir(我ら・祭る・山)が多いような気がするのですよね。「シロチ」を sir-ochi あるいは chir-ochi と解釈する形も考えてみたのですが、どう考えても nomi の解釈が思いつかず……。今日のところはこの辺でご勘弁いただきたく(汗)。

メナシュンベツ川

menas-un-pet
東・そこにある・川
(典拠あり、類型あり)

浦河郡浦河町の東部を東から西に流れる川の名前です。前述のニオベツ川は浦河町上杵臼の東部でこのメナシュンベツ川と合流します。存続川名はメナシュンベツ川です(企業合併か)。

割とよくある名前なのでそれほど特記すべき川名でも無かったりするのですが、永田地名解にきちんと記載がありました。

Menash un pet  メナㇱュ ウン ペッ  東川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.279 より引用)

Menash を「メナㇱュ」と綴るのは永田方正の謎なクセのせいなのですが、今回は「ウン」の「ン」まで小書きになっていました。残念ながら Unicode にも定義がない(と思う)ので、今回はこのまま表記しておきます。……ということで永田地名解に対して軽くボヤくことで字数を稼ぎつつ(えっ)、本題に戻りましょう。menas-un-pet で「東・そこにある・川」になろうかと思います。あるいは「東・入る・川」と解釈するのもアリなのかなぁ、と思ったりもします。

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