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アイヌ語地名の傾向と対策 (369) 「ニタンペツ川・セタナイ川・貫気別」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

ニタンペツ川

nitat-pet
ヤチ・川
(典拠あり、類型あり)

平取町東部を流れる貫気別(ぬきべつ)川の支流の名前です。「○○ベツ」という川名が多い北海道においても、「○○ペツ」というのは珍しいのでは無いでしょうか。ちなみにニタンペツ川を遡って峠を越えると、日高町イタラッキ川の源流部に出ます。

現在の地形図を見てみると、ニタンペツ川が貫気別川に合流する手前で「ニタツナイ川」と合流しています。東西蝦夷山川地理取調図には「ニタツナイ」のみ記されていて「ニタンペツ」の名前がありませんが、明治期の地形図には「ニタッナイ」と「ニタッペッ」がそれぞれ現在の位置に出てきます。

戊午日誌「東部沙留誌」には次のように記されていました。

また向岸に
     ニタツベツ
右の方小川也。此沢樺木多く有るよりして号ると申也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.26 より引用)

んー。「樺の木」だと tat-ni なんですよね。nitat-pet であれば素直に「ヤチ・川」で良さそうな気がするのですが……。いずれにせよ、現在の「ニタペツ」という名前の「ン」は「ツ」あるいは「ッ」の誤記である可能性が高そうな感じです。

ちなみに「ニタツナイ」については永田地名解に記載がありました。

Nitat nai  ニタッ ナイ  吥坭(ヤチ)川

はい。やはりこの理解になってしまいますよね。

セタナイ川

seta-nay
犬・沢
(典拠あり、類型あり)

タツペツ川との合流点から下流側に位置する、貫気別川の支流の名前です。「セタナイ川」の上流側には「ペンケセタナイ川」もあります。東西蝦夷山川地理取調図には「ヒタナイ」と記された川がありますが……

ということで、今回は永田地名解を見てみましょう。

Seta nai  セタ ナイ  犬澤 昔大犬アリ洞穴中ニ子ヲ産ミシ處ナリト云松浦地圖「ヒタナイ」ニ誤ル
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.234 より引用)

永田さんも自信たっぷりに「誤ル」と記していますが、今回は全くその通りのようで、戊午日誌「東部沙留誌」にも次のように記されていました。

また少し上
     セタナイ
右の方小川有、上は平山。本名セタヲワイナイのよし。昔し土人の犬此処に来り穴を掘、其処にて子を持ちしによって号しとかや。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.25-26 より引用)

まぁ、「セ」と「ヒ」はびみょうに似てますからね。とりあえずは seta-nay で「犬・沢」と考えて良さそうです。

戊午日誌には「本名セタヲワイナイのよし」とあるのですが、「ヲワイ」がどのような意味であるかが掴みきれなかったのがちょっと残念な感じです。

貫気別(ぬきべつ)

nupki-pet
濁り水・川
(典拠あり、類型あり)

平取町東部の地名で、貫気別川が額平川と合流する近くに集落があります(但しどちらかと言えば額平川寄りです)。かつての「貫気別村」です。

この連載?を始めた頃にささっと取り上げたことがありますが、随分と時間も過ぎていますので、改めて取り上げておきます。


まずは永田地名解を見てみましょう。

Nupki pet  ヌㇷ゚キペッ  濁川 貫氣村
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.234 より引用)

「貫気村」という表現は他で見かけたことが無いのですが、これは単に「別」の字が欠落しているだけなんでしょうね。nupki-pet で「濁り水・川」と考えて良さそうです。

ちなみに、戊午日誌「東部沙留誌」には次のように記されていました。

右の方を
      ヌツケベツ
 と云り。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.25 より引用)

また、野作東部日記にも「野付別」とあるようで、nupki とは少し違う形で記録されています。もしかしたら not-kew-pet で「あご・骨・川」だったりしたら……面白いですね(現時点では言葉遊びの域に過ぎませんが)。

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