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アイヌ語地名の傾向と対策 (489) 「ブイタウシナイ川・シラリカ川・黒岩」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

ブイタウシナイ川

puy-ta-us-nay
エゾノリュウキンカの根・掘る・いつもする・沢
(典拠あり、類型多数)

JR 函館本線鷲ノ巣信号場の少し北で直接噴火湾に注いでいる川の名前です。ほぼ同名の川が道内のあちこちにあったでしょうか。ちらっと調べた限りでは留萌と初山別にあるようですね。

永田地名解には次のように記されていました。

Pui ta ush nai  プイ タ ウㇱュ ナイ  プイ草ヲ取ル川 「プイ」ハ延胡索又流泉花ト云フ土人其根ヲ堀リ食フ

はい。puy-ta-us-nay で「エゾノリュウキンカの根・掘る・いつもする・沢」と考えて良さそうです。山田秀三さんの「北海道の地名」にも次にように記されていました。

 意味は pui-ta-ush-nai「えぞりゅうきんか(の根)を・掘る・いつもする・沢」であった。このプイ草の根は好んで食料にしたもので,この類の地名が道内各地に多い。
山田秀三北海道の地名」草風館 p.417 より引用)

シラリカ川

sirar-ika
岩・越える
(典拠あり、類型あり)

八雲町北部で直接海に注ぐ川の名前です。雨竜町の「尾白利加」と音が似ているので、てっきり意味もほぼ同じじゃないかと思っていたのですが……。

「東蝦夷日誌」に次のような記述が見つかりました。

シラリカ(小川、夷家七軒、書所、番やあり)シラリイカの略にて、汐越る義。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)時事通信社 p.22 より引用)

また、永田地名解にも次のように記されていました。

Shirar-ika,=shirara ika  シラリカ  潮溢ル小川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.167 より引用)※ 原文ママ


なるほど。sirar-ika で「岩・越える」と考えられるのですね。

さて、ここまでご覧になって「あれ?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。と言いますのも、「東蝦夷日誌」や「北海道蝦夷語地名解」では sirar を「汐」あるいは「潮」と訳していますが、本項ではしれっと「岩」に改めています。

sirar は古くから「汐」と訳されてきましたが、実はそのような意味は無い……と唱えたのは他ならぬ知里さんでした。例によって孫引きで申し訳ありませんが、山田秀三さんの「北海道の地名」に次のように記されていました。

 上原熊次郎地名考は「シラリイカの略。則ち潮のさすと訳す」と書き,以後松浦武四郎も,永田地名解もこのシラル(シラリ,シララ)を「潮」と訳した。バチラー辞典も「潮」と書いている。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.416 より引用)

はい、そういうことでしたね。ところが……

 ところが知里博士に至って,シラル(shirar)は「岩」で,潮の意はないとされた。満潮のことをシラリカというのはシラル・イカ岩礁が・溢れる」の意。干潮をシラル・ハというのは「岩礁が・空になる」意だとされた(地名アイヌ語小辞典)。その言葉からシラルを潮と誤られたのだろうとの意見で,どうもそうらしく思われる。従来説の否定であった。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.416 より引用)

アイヌ語の語根の分析に熱心だった知里さんは、他にも面白い「語根解」をたくさん残していますが、地名解の世界では特にこの sirar の新解釈が斬新なものでした。

ただ、この斬新な解釈から導き出された「岩・越える」という解釈について、山田さんはフィールドワーク面から疑問を呈していました。

 しかし,この川口の辺は一帯の砂浜で岩礁らしいものが見えない。困って近辺の漁家を訪れて聞いて見たら,このあたりには岩はないようだ。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.416 より引用)

そして、山田さんは現地で感じた違和感を次のように締めていました。

 とにかく上原氏から永田方正に至るまでの諸家がシラルを岩としなかったのは,見たところ岩がなかったからだろうか。シラル(岩)という言葉を確認するためにも,もう一度現地を調べ直して見たいと思いながら果たせないで来たのであった。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.416 より引用)

うーん、このシラリカ川にこんな深い問題が眠っていたとは……。

あっ、そうそう。雨竜の「尾白利加」と大体同じじゃないかと思った件ですが、やっぱり大体同じだったみたいです(汗)。

黒岩(くろいわ)

kunne-suma
黒い・岩
(典拠あり、類型あり)

八雲町北部の海沿いの地名で、JR 函館本線に「黒岩駅」という駅があります。ということでまずは「北海道駅名の起源」を見てみましょう。

  黒 岩(くろいわ)
所在地 (胆振国) 山越郡八雲町
開 駅 明治 36 年 11 月 3 日(北海道鉄道)(客)
起 源 アイヌ語の「クンネ・シュマ」(黒い岩) から出たもので、付近の海岸には柱状節理の黒灰色の岩礁海上に突出している。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.11 より引用)

確かに、地形図を見ると黒岩集落の南側の海岸に「黒岩奇岩」という岩の存在が確認できます。「但シ,コノ岩,崩壊シテ今ハナシ」では無かったのは何よりですね。

「黒岩」という地名が成立したのは随分と古いようで、「東西蝦夷山川地理取調図」でも既に「クロイワ」と記されています。元は kunne-suma で「黒い・岩」だったとされるのですが、確かに「竹四郎廻浦日記」に次のように記されていました。

     クン子シユマ
此所に大なる黒き岩有。依てまた黒岩共云也。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 下」北海道出版企画センター p.589 より引用)

アイヌ語の意味が正しく理解されていて、それがそのまま和訳された地名だったということになりそうですね。

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