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アイヌ語地名の傾向と対策 (846) 「ウバトマナイ川・ソセツ川・神威岬」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ウバトマナイ川

o-patum-an-nay?
そこで・伝染病が流行っている・そうである・川
(? = 典拠あり、類型未確認)

目梨泊岬の北西、神威岬との間に小さな岬(名前未詳)がありますが、その北西を流れる川の名前です。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヲハトマナイ」という川が描かれていて、これがおそらく「ウバトマナイ川」のことだと思われます。

「再航蝦夷日誌」には「アハトマナイ」という名前で記録されています。また「竹四郎廻浦日記」では該当しそうな位置に「ヲストマナイ」という名前の川が記録されています。

永田地名解には次のように記されていました。

Upatuma nai  ウパト゚マ ナイ  兩山ノ間ニアル川

一見、尤もらしい解が記されているように見えますが、手元の辞書などを調べた限りでは upatumaupatpat などから「両山の間にある」という解釈を導くことができないでいます。utur-oma-nay あたりだったら「間にある川」と言えそうなんですけどね。

「午手控」を見てみると、ちょっと興味を惹かれる内容が記されていました。

ヲハトマナイ
 むかし土人多く居りしが、悪き風流行し、皆死したるとかや
松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 六」北海道出版企画センター p.406 より引用)

これは地名の由来と言うよりは故事の紹介か……と思ったのですが、pátum で「伝染病がはやっている」と解釈できるとのこと(!)。となると o-patum-an-nay で「そこで・伝染病が流行っている・そうである・川」と読めてしまいますね……。

あとはもう少し無難に o-hat-oma-nay で「そこに・山ぶどうの実・そこにある・川」とも解釈できそうな気もします。「山ぶどうの群生地」の情報を隠すために意図的に疫病の話を創作した可能性も考えられますが、下衆の勘繰りに過ぎないと言われれば確かにその通りなので……。

「群生地隠蔽説」は、いつの間にか「両山の間にある川」という良くわからない解にすり替わっていたという状況証拠?はあると言えるのかもしれませんが……。

ソセツ川

so-sut-oma-nay
滝・麓・そこに入る・川
(典拠あり、類型あり)

国道 238 号の唯一のトンネルである「北オホーツクトンネル」の南側を流れる川の名前です。この川も地理院地図では川として描かれていませんが、雨が降った直後以外は水が流れていないのだろうなぁ……と想像しています。

明治時代の地形図には「ショーシューオマナイ」と描かれています。6 文字目を「ー」(音引き)としましたが、もしかしたら違うかもしれません。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「シヨウシトマナイ」という地名(おそらく川名)が描かれていました。「再航蝦夷日誌」では「シヲウシトマナイ」ですが、何故か「竹四郎廻浦日記」にはそれらしき川が確認できません。

永田地名解には次のように記されていました。

Shō shut oma nai  ショー シュッ オマ ナイ  岩下ノ川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解国書刊行会 p.437 より引用)

so を「岩」としたのが謎ですが、これは so-sut-oma-nay で「滝・麓・そこに入る・川」と解釈できそうです。「ソセツ川」は「斜内山」の南麓を流れていて、水源の一つは等高線がそこそこ稠密になっているので、そのことを指して「滝の下の川」と呼んだのでしょうね。

「ソーシュトマナイ」が「ソセツ川」に化けたメカニズムですが、so-sut-oma-nay-oma が省かれたということだと思われます。

神威岬(かむい──)

kamuy-etu
神・岬
(典拠あり、類型あり)

浜頓別町との境界に位置する「斜内山」から東北東に伸びた岬の名前です。地理院地図には「ピリカノカ神威岬(カムイエトゥ)」とありますが、同名の「神威岬」が積丹半島にあることも考慮しているのでしょうか。

「北海道駅名の起源」には「北見神威岬」と記されています。これも積丹神威岬との混同を避けるための工夫のようですね。

明治時代の(手書きの)地形図にも「カムイエト」とあります。kamuy-etu で「神・岬」と解釈して良さそうです。注目すべきは神威岬とソセツ川の間に記録された地名の多さで、「サマッケショー」「ショー」「ポロショー」「メワカセ?」「エピュツ」「ピーカウシ」「イナエカルウシ」「シュマト゚イルー」「ウルシウシ」「オカイカルシマプ」などの地名が並んでいます。

判読が難しい字も多く、きっと誤読もあると思いますので、適宜 https://www3.library.pref.hokkaido.jp/digitallibrary/da/detail?libno=11&data_id=100-816-0 でご確認いただければと思います。

更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」には、次のように記されていました(丸ごと引用になってしまいますが、どうかご容赦を)。

 イナホカルウシ
 斜内と目梨泊の間の町境にある岬の名。いつも木幣をつくるところの意であり、ここで木幣をつくって町境のカムイ・エド(神の鼻)崎にささげて航海の無事を祈願して通ったところであるという。

更科さんは「イナホカルウシ」が岬の名前であるとしていますが、これは「ピリカノカ神威岬(カムイエトゥ)」のことではなく、その南の岬のことかもしれません。inaw-kar-us-i で「木幣・つくる・いつもする・ところ」なのでしょうね。

「ピリカノカ」は pirka-noka で「美しい・形像」と解釈して良さそうです。

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