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「日本奥地紀行」を読む (133) 久保田(秋田市) (1878/7/24)

イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日は引き続き、普及版の「第二十一信」(初版では「第二十六信」)を見ていきます。

この記事内の見出しは高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。当該書において、対照表の内容表示は高梨謙吉訳「日本奥地紀行」(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳「バード 日本紀行」(雄松堂出版)の内容を元にしたものであることが言及されています。

師範学校

イザベラは、久保田(秋田)の今で言う「大学病院」を視察するとともに、その翌日(前日説もあり)に「師範学校」を訪問し、その教育システムについても詳らかにレポートしていました。流石に師範学校における教育の実際は、「奥地紀行」を期待している読者にとっては思いっきりオフトピックなので、「普及版」ではバッサリとカットされています。

 25人の先生と6歳から20歳までの700人の生徒がいて、読み方、書き方、算数、地理、歴史、ジョン・スチュワート・ミル流の政治経済学、化学、植物学、自然科学の学科、幾何学、計測法が教えられています。6歳から14歳までの授業料は月額15銭で、それ以上の年齢の生徒は月額25銭です。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺中央公論事業出版 p.94 より引用)

イザベラが「師範学校」についてもおそろしく詳述しているのは、奥地紀行のスポンサーであるイギリス政府向けの報告書を兼ねていたからだと思っているのですが、ここまで来ると逆に「何故この内容で『初版』を公刊したのか」とすら思えてきます。

推測に推測を重ねるならば、「謎の国ジャパン」についての Deep Dive を公刊することで、政府関係者のみならず民間にも「日本という未知なる市場」への理解を広めよう……と考えたのかもしれませんし、単にイザベラがレポートを二つまとめるのが大変だった……というオチなのかもしれません。

生徒は個別の机に背もたれ付きのイスに坐っています。学校備品の様式はアメリカ式です。50フィート平方の広さの試験室が二つあります。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺中央公論事業出版 p.94 より引用)

この文だと、「日本は西洋風の学校の整備を進めているので、学校の備品の買い手として有望である」と読めそうな気もするんですよね。

 私は、前に久保田では、外国の影響はほとんど感じられないと書きましたが、それは外国人から直接に教えを受けないという意味で言ったのであり、学校も病院も、西洋科学とそのシステムが普及しています。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.94 より引用)

イザベラは、久保田(秋田)に「外国人が関与すること無く日本人が独力で建設した病院がある」と聞いて、大いに興味を持つと共に、実は密かに脅威に感じていたのかもしれません。ただ実際に見学してみると「西洋のやり方をそっくりそのまま咀嚼したもの」だったと判明したので、やや拍子抜けした……というのが正直なところだったのでしょうか。

牧師の家に生まれたイザベラは、奥地紀行に際して教会からも少なからぬ支援を受けていました。スポンサーは日本にキリスト教を広めることを考えていたと思われますが、そのためには日本人の宗教観を「正しく理解する」ことが重要となります。ここでイザベラは興味深い問いを投げかけていました。

ここを発つ前に、私が、答えは承知しつつ、宗教は教えているかと教師に訊いたとき、二人の紳士とも明らかに侮べつした笑いを隠そうとせず──「私たちには、宗教というものはありません。」とその教師は言った。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.94 より引用)

注目すべきは「答えは承知しつつ」とある点で、イザベラは明らかに読者であるスポンサーのために(聞かなくても答えがわかっている)問いを投げかけた、ということになります。

西洋社会においては「無宗教なのは無知蒙昧だから」と理解されるおそれがありますが、イザベラは日本人が無知蒙昧である……としたかったのか、あるいは「既存の宗教が無いのはビッグチャンスである」と捉えたのかは……どちらなんでしょうね。イザベラはこれまでも何度も「日本人の信仰の薄さ」を実感していて、それは不幸なことである、と考えていた節があります。

対立と不調和

イザベラは「対立と不調和」(原題 "Contrasts and Incongruities")と題された一節にて、社会規範としての「宗教」が存在しない(当時の)日本の現状を次のように書き記しています。

 帝位は破砕された宗教的虚構に立脚し、国家宗教[神道] は、これを小馬鹿にしている人々から表面上の敬意を払われていますが、知識階級の間では無神論がはびこり、一方で無知な僧侶階級が下層階級に対して大きな顔をしています。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.94 より引用)

イザベラの「日本奥地紀行」は 1878 年の出来事ですから、ちょうど「廃仏毀釈」の嵐が吹き荒れた数年後だったことになります。「僧侶階級」にはリストラを含めた厳しい目が向けられている時期ですが、一方で「現人神」を崇める「国家神道」の中央集権的な体制は確立していなかったことになりますね。

これまでの経験から「日本人の信仰の薄さ」を実感していたイザベラですが、ここでは近代化に邁進する日本の「矛盾」を一歩踏み込んだ表現で「批判」していました。当時の日本のやり方は「和魂洋才」そのものだったのですが、さすがのイザベラもこの考え方には辿り着けなかった、ということかもしれません。

その頂点には素晴らしい専制体制があり、底辺には裸の下級労働者クーリーがいて、その最高の信仰箇条が臆面もない物質主義であり、そして物質主義が目的であるような一つの帝国は、キリスト教文明の果実を改良し、破壊し、建設し取り入れられているが、その果実を生み出す源の木は拒んでいる──このようなものが、至るところにある対立と不調和のうちにあるのです。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.94-95 より引用)

西洋の開かれた「文明」はキリスト教の賜である……という考え方があり、それは今も大枠では変わっていないと思われます。故に「異教徒」が難民として押しかけることは「社会の根幹を揺るがす事態」であり、排斥も正当化される……という考え方に行き着くことになりますね。この考え方は忌むべき過去の遺産だと思われるのですが、残念なことに「三つ子の魂百まで」になってしまっているような気もします。

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