やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。
地位問山(ちいといやま)
網走市の「ソオラルオツナイ川」と、その支流の「平和川」の間に標高 217.9 m の山があり、その頂上付近に「地位問山」という三等三角点があります。この山は網走市と北見市常呂町の間の分水嶺よりも僅かに東側(網走市側)に位置していますが、何故か市境も「地位問山」のほうにせり出してしまっています。
山の東側の川の名前は「ソオラルオツナイ川」と「平和川」なのでどうしたものか……と思ったのですが、明治時代の地形図を見てみると、現在「伊藤沢川」と呼ばれる川の位置に「チエトイ川」がありました。三角点は網走側にあったのですが、山名は常呂側の川から来ていたんですね……。「しもた!」と思ったものの後の祭りということで。
戊午日誌「西部登古呂誌」には次のように記されていました。
また未申の方に向ひて十丁計も過る哉
チエトイナイ
同じく左りのかた山の平に小沢有。此沢目二三丁を陸行せば崩平よりチエトイ出るなり。其名義是によつて号。チエトイとは喰ふ土の事也。
あー。chi-e-toy-nay で「我ら・食べる・土・川」と考えて良さそうですね。「チエトイ」は珪藻土の一種ですが、もちろん土をパクパク食べる訳では無く、アク抜きの調味料として用いたとのこと。
折角なので、久しぶりに「樺太アイヌの生活」から引用しておきましょう。ちょいと長いですがお許しを。
チエトィは硅藻土である。アイヌは山から採取して来て常に貯へて,この料理に用ひる。この土が存在する場所を,アイヌはよく承知してゐて,時々採取に出かける。けだし,アイヌの食生活に於ける唯一の鉱物質食料である。このチエトィは,採取したら先づ犬に食はせて,その安全性の保証を得た上で,食用とする。チエトィは či-e-toj 「我等が・食べる・土」の意である。
このように「チエトイ」は「我ら・食べる・土」なのですが、以下に具体的な調理法が示されています。
チカリペに必ずチエトィを用ひるのは,野草のアクを抜き,海豹の強烈な油を適当に中和するのに役立つかららしい。アイヌは,チエトィの入ったチカリペは「甘い」といひ,「チカリペ程,美味しい御馳走はない」といふ。
「『チエトイ』はアイヌの食用土である」という表現からはあらぬ誤解を招く虞があるので、くどいようですが念のため……。
モセウシ川
網走駅の西、数年前に惜しまれつつ閉店した回転寿し「かに源」の横を暗渠でくぐり抜ける川の名前です。「東西蝦夷山川地理取調図」や古い地形図では名前を確認できませんでしたが、知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」に次のように記載されていました。
(108) モセウシナイ モセ・ウㇱ・ナイ(mose-ush-nai)「エゾイラクサ・多く生えている・沢」。
サクッと解決ですね。mose-us-nay で「イラクサ・多くある・川」だと見て良さそうです。
新栗履(にくりばけ)
JR 釧網本線の「藻琴駅」の西に段丘があり、段丘の隅っこに標高 35.4 m の二等三角点があります。このあたりにかつて「新栗履村」が存在していたのですが、なんと三角点の名前として生き残っていました(!)。
この「新栗履」ですが、「竹四郎廻浦日記」に「ニクリハケ 小川」とあるほか、「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ニクリハケ」という地名?が記録されています。昔からそれなりに知られた地名だったようで、永田地名解にも次のように記されていました。
Nikur'epake-i ニクレパケイ 樹林ノ端ノ處 「ニクリ、エパケ、イ」ナリ「ニタイ、エバケイ」ニ同ジ此處ニ「アイヌ」ノ墓場アルヲ以テ墓場ノ端ト解クハ非ナリ○新栗履村
nikur は「林」を意味するとされますが、永田方正はわざわざ「墓場じゃないよ」との註を付け加えています。そう言えば佐呂間町の「仁倉」の項でも次のように註を入れていました。
「ニクラ」ハ墓所ノ義ナリト云フハ此處ニ墓所アルニ因テ附會シタルナリ
どうやら nikur が「墓場」だとする誤解?が広まっていたのか、それとも永田方正がたまたま「仁倉」で聞いた話を覚えていたのかは不明ですが、とりあえず「新栗履」の nikur は「墓場」ではなく「林」だと見て間違い無さそうですね。
あとは pake をどう考えるかですが、知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」には次のように記されていました。
(386) ニクルパケ(Nikur-pake) ニクル(林),パケ(崖岬)。上に林のある崖岬。
え、崖岬……と思ったのですが、藻琴駅の近くには台地がせり出して崖状になっていたので、そのことを形容した地名だったっぽいですね。nikur-pake で「林・突端の崖」と見て良さそうです。
「新栗履」の三角点は 1916 年に設置されたもので、1975 年に「再設」されたとのこと。良くぞこの名前を残してくれた……と思わせますね。
www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International
+-