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アイヌ語地名の傾向と対策 (314) 「キモントウ沼・生花苗沼・ホロカヤントウ」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

キモントウ沼

kim-un-to
山(側)・そこにある・沼
(典拠あり、類型あり)

広尾郡大樹町の北東部にある沼の名前です。このあたりは「長節湖」「湧洞沼」「生花苗沼」などの潟湖が多いところですが、この「キモントウ沼」は珍しく内陸部にあります(あっ)。現地では「紀文沼」という表記も見かけたのですが、あくまで試行的なものなのか、あるいは字を充ててみたものの普及しなかったのか、地形図ではカタカナで「キモントウ沼」と記されています。

では、早速ですが山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょう。

キモントウ沼
 生花苗川を上ると,上流に小さな沼があってキモントウ沼と呼ばれている。キムン・トー(kim-un-to 山・の・沼)の意。
山田秀三北海道の地名」草風館 p.324 より引用)

はい。kim-un-to で「山(側)・そこにある・沼」と考えて良さそうです。なお「生花苗川を上ると」とありますが、正確には生花苗川の支流の「キモントウ川」を遡ったところに「キモントウ沼」があります。細かい話ですが、念のため。

キム(kim)は山と訳すが,ヌプリ(山)とは違う。ピシ(pish 浜)に対する言葉で,山菜を採りに行ったり,柴刈りに行ったりする意味での「山」であった。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.324 より引用)

そうですね。nupuri が実体としての「山」を指すのに対して、kim は概念としての「山」を指す言葉です。kim-un-kamuy という言葉もありますね。これは「山にいる神」という意味ですが、もちろん富士通の柏原選手のことではなくて「熊」を意味します。

kim-un-to は実は割とよくある地名で、最近ですと豊頃町の「統内」の項でも出てきました。to-un-nay が注いでいた沼の名前が kim-un-to でした。こちらの kim-un-to十勝川の流路改修に伴って事実上消滅したものと考えられます。

生花苗沼(おいかまない──)

oika-oma-nay
越える・そこに入る・川
(典拠あり、類型あり)

キモントウ沼の南、海沿いにある潟湖の名前です。また、近くには同名の川もあります。生花苗川を少し遡って、キモントウ沼の西側あたりにある集落の名前は「生花」と言いますが、これも元々は「生花苗」だったものを改称したもののようです。「生花苗」というのは素敵な当て字だなぁと思うのですが、いかがでしょうか。

今回も山田秀三さんの「北海道の地名」から。

生花苗 おいかまなえ
生花 せいか
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.324 より引用)

おやおや。いきなり読みからして違っていますね。現在の地形図を見た限りでは「おいかまない」とルビが振ってあるので、とりあえず本項は「おいかまない」が正であるとして進めますね。

 上原熊次郎地名考は「ヲイカマイ。ヲイカヲマイの略称なり。則越へて入ると訳す。此沼へ高波越して入る故地名になすといふ」と書いた。オイカ・オマ・イ「oika-oma-i (海波が)越え・入る・もの(沼)」の意。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.324 より引用)

いつもの孫引きで失礼します。なるほど、oika-oma-i で「越える・そこに入る・もの」なのですね。「オイカマナイ」ではなく「オイカマイ」だ、と言うのですが、確かに松浦武四郎の「按東扈従」にも

又崖の下少し行
   マヽエ
   ヲイカマイ
上に沼有〈周り一里半〉。沼口破るゝ時は船渡し〈川番シャレ〉守一人住す。魚類は桃花魚、チライ、雑喉、波臣有。此処も昔しは此山の麓なる シリシャムと云処に九軒程有し由なるが今はなし。
松浦武四郎・著 松浦孫太・解読「按西(北海岸)按東扈従」松浦武四郎記念館 p.143-144 より引用)

とあるので、もともとは「オイカマイ」と認識されていたようですね。山田秀三さんも「北海道の地名」で記していますが、オイカマイ(沼)に注ぐ川が「オイカマナイ」と呼ばれ、それが転じて沼の名前にもなってしまった……といったところでしょうか。oika-oma-nay で「越える・そこに入る・川」だったと考えて良さそうな感じです。

ホロカヤントウ

horka-yan-to
後戻りする・あがる・沼
(典拠あり、類型あり)

生花苗沼の南西にある湖沼の名前です。生花苗沼と同様の潟湖ですが、生花苗沼と違うところはこれと言った流入河川を持たないところです。それにしても、「生花苗」というのも素敵な響きですが、「ホロカヤントウ」というのも良い響きですよね(お気に入りです)。

東西蝦夷山川地理取調図には「ホリカヤントウ」と記されていました。東蝦夷日誌にも次のようにあります。

過て(八丁)ホリカヤントウ(沼有、周十餘丁)名義、逆と云儀。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)時事通信社 p.274 より引用)

「逆と云儀」とありますが、これは horka(一般的には「後戻りする」の意)のことでしょうね。続いて永田地名解を見てみましょう。

Horoka yan tō   ホロカ ヤン トー   却流沼 此沼ハ川尾ニ在ルヲ以テ潮満レバ沼水却流ス

horka を「逆流」としたのは永田地名解の有名な誤謬の一つですが……。しかしながら、川では無い以上、horka を「後戻りする」と解釈するのも無理があるような気もします。

ということで、続いては今回も山田秀三さんの「北海道の地名」から。

語義はホロカ・ヤン・トー(horka-yan-to 後戻りして・揚がる・沼)。言葉が簡単で,何が揚がるのかはっきりしない。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.326 より引用)

はい。ここまでは良いですよね。

 番所の老人に聞いたら,砂浜の処が切れると海水が入って来て600メートルぐらい奥まで海の波が及ぶという。海水が逆に上るという意味であろう。あるいは切れていない時に水位が上って,沼が奥まで揚がるという意味であったのかもしれない。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.326 より引用)

どうやら、この「ホロカヤントウ」は本当に「逆流する沼」だったと考えられそうです。既述の通り、ホロカヤントウには流入河川が殆どありません。そのため潮の干満によっては海水面よりも水位が下回ることも多かったのかもしれません。山田さんの記したとおり、horka-yan-to で「後戻りする・あがる・沼」と考えて良さそうな感じがします。

沼尻の少し高い処から眺めると,低い細い砂浜の西側に海と沼がある景色は何ともいえない。近くに行かれる方に,ここまで足をのばして観光されるようにおすすめしたい。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.326 より引用)

生花苗沼とホロカヤントウの間に「晩成温泉」があるのですが、そこからホロカヤントウの東端まで道路が伸びているようですね。前回は近くを通ったにもかかわらずスルーしてしまったのですが、次回は是非、見に行きたいです。

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