やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
チマイベツ川
伊達市と室蘭市の境界を流れる川の名前です。古くは「千舞鼈」と書かれることもあったようです。今はカタカナに回帰していますが、やはり「鼈」の字が難しいのが忌避されたのでしょうか。
松浦さんに聞いてみた
東蝦夷日誌には次のように記されていました。
チマイベツ(川幅五六間程有)今場所境とす(従アプタ境六り十六丁十間、従會所六里八丁十三間)。本名チヤエベツ也。チヤは自ら焼、エは喰する、自焼喰川の義也。叉チマイゝゝと鳴鳥が出たる故とも云(ニシハタ申口)。
ふむふむ。「チヤは自ら焼」というのが少々謎ですが、一旦後回しにしましょうか。
永田さんにも聞いてみた
永田地名解には次のように記されていました。
Chipai pet チパイ ペッ チパイ鳥川 チパイ鳥ハ「チパイ、チパイ」ト啼ク聲ニヨリ名ク春日此鳥多シ故ニ川名トナス「チパイ」一名「キナトムクシュチカプ」トモ云フ舊地名解ニ「チマエペツ」トアリテチマハ自ラ燒ク、エハ食スル、自ラ燒キテ食スル川ノ義ナリト譯セリ然レドモ室蘭及江鞆ノ土人ハ「チパイペツ」ト發言シ「チマエペツ」ニアラズト斷言セリ海岸里數帳ニ「チマイペツ」トアルハ「チパイペツ」ノ訛ナリ今千舞鼈村ト稱ス
ん、これは……。「自ら焼きて食する川」ではなく「チパイ鳥の川」だよ、と言うのですが、どこかで聞いたことのあるような……。
知里さんにも聞いてみた
知里真志保さんと山田秀三さんの連名で発表されている「室蘭市のアイヌ語地名」という薄い本には、次のように記されていました(地名解は知里さんの担当)。
(一)チマイベツ川(千舞鼈川)。原名「チマイペッ」(Cimáypet)或は「チパイペッ」(Cipáypet)。語原はたぶん「チマイペ・オッ・イ」(<cimaipe-ot-i〔焼乾鮭・多くある・所〕)。「チマイペオチ」「チマイペチ」「チマイペッ」「チパイペッ」と転訛して行ったものとおもわれる。「チマイペ」は「チ・マ・イペ」(ci-ma-ipe)〔我ら・焼いた・魚〕で「焼いて乾いた鮭」をさす。
ふむ。どうやら知里さんは古くから伝わる解が妥当ではないかと考えていたようですね。{chi-ma-ipe}-ot-i で「{焼いて乾いた魚}・多くある・ところ」と解釈できそうです。
そして、さすが知里さん、永田説の批判も欠かしませんでした(汗)。
従来、チマイペッをチパイペッのなまりとし、それを「チパイ鳥の鳴く川」の義に解しているが、すこぶる疑わしい説である。
永田地名解には、ご丁寧にも「チパイ鳥」の正体?は「キナトムクシュチカプ」である、とありましたが……
アイヌ語にチパイという特定の鳥名があつたらしくもないし、この鳥の別名をキナトムクシュチカプといつたというが、それは「キナ・トム・クㇱ・チカㇷ゚」(kina-tom-kus-cikap〔草・の中を・通る・鳥〕で、なんら特定の鳥の名ではなかつたとおもわれる。
おおおお。バッサリと一刀両断ですね(汗)。
白老郡白老村字竹浦の山奥にトピウ(飛生)という地名があり、黒い鳥がいてトピウトピウと鳴いたから名づけたといゝ、アバシリ(網走)の旧名はチパシリでそれは鳥がチパシリチパシリと鳴いて飛んだから名づけたなどという類、いずれも地名伝説にありがちなこじつけにすぎない。
あはははは(汗)。「わりと感じのいい,たのしい本」として知られる「アイヌ語入門」にも
しかし,「シペッ」とか,「チパイ」とか,「ト゚ピウ」とか,「チパシリ! チパシリ!」とか,まるで蝦夷語地名解を書く人のために鳴いているような鳥が,はたして実在したかどうか,すこぶる怪しく思われるのである。
と書いていましたよね。ただ、ここまで引用した内容をよーく見ると、「蝦夷日誌」にも「叉チマイゝゝと鳴鳥が出たる故とも云(ニシハタ申口)」と書いてあるんですよね。「『チパイ』と鳴く鳥」は必ずしも永田さんのオリジナルでは無かった、ということになりそうです。
山田秀三さんにも聞いてみたよ
山田秀三さんの旧著「北海道の川の名」には、東蝦夷日誌や永田地名解、知里さんの「室蘭市のアイヌ語地名」などの解を紹介した後、最後に「野作東部日記」の解を引用していました。
〔野作東部日記〕(幕末測量隊の日誌)千麻以別(チマイヘツ)。チは夷語にて自己と云義。マは焼くこと。イは喰うことを云。此川辺に物を焼いて喰すと云う義なり。*1。
ふむふむ。割と昔からちゃんとした解が出ていたのだなぁ、と思えてしまいます。chi-ma-ipe-pet で「我ら・焼く・魚・川」だと解釈できそうですね。あるいは {chi-ma-ipe}-pet で「{焼いて乾いた魚}・川」と考えてもいいのかもしれません。
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