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アイヌ語地名の傾向と対策 (509) 「本輪西・コイカクシ川・知利別」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

本輪西(もとわにし)

haru-us-i?
食料・多くある・ところ
wa-ne-us-i?
輪・のように・ある・ところ
ma-ne-us-i?
澗・のように・ある・ところ
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)

室蘭港の北側の地名で、JR 室蘭本線に同名の駅があります。ということで、いつもの通り「北海道駅名の起源」を見てみましょう。

  本輪西(もとわにし)
所在地 室蘭市
開 駅 大正 14 年 8 月 20 日
起 源 「輪西」の語源は、付近を流れるアイヌ語の「コイポク・クシ・ハル・ウシ・ペッ」(西を通る食料の多い川)から出たもので、「ハルウシ」「ハルシ」「ハヌシ」「ワヌシ」と転かしたものと思われる。そしてこの付近が本来輪西であるところから「本輪西」としたものである。なお開駅当時の駅本屋は、現在より約 50 m 北にあった。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.68 より引用)

確かに、「東西蝦夷山川地理取調図」では「ワヌシ」とありますが、「竹四郎廻浦日記」では「ホロハニシ」「ホンハニシ」とあります。元が「ハルウシ」ではないかと考えたのは永田地名解がオリジナルのようにも思えますが、果たして……?

知里さんの薄い本「室蘭市アイヌ語地名」にも詳細が記されていました。ちょっと長いですが、とても良くまとめられているので、ごっそり引用してしまいます(すいません)。

(一八) ワニシ輪西)。原名「ワヌシ」(Wanúsi)。語原はよく分らないが、地形上から、(イ)「ワ・ネ・ウシ」(<wa-ne-usi〔輪・になつている・所〕、(ロ)或は「マ・ネ・ウシ」(<ma-ne-usi〔澗・になっている・所〕)、(ハ)「ハルウシ」(haru-us-i〔食料・群在する・所〕などが考えられる。
知里真志保山田秀三「(復刻版)室蘭・登別のアイヌ語地名『室蘭市アイヌ語地名』」知里真志保を語る会 p.12 より引用)

さすがの知里さんも少々慎重になっていますね。wa-ne-us-i で「輪・のように・ある・ところ」と解釈するか、ma-ne-us-i で「澗・のように・ある・ところ」と解釈する、または haru-us-i で「食料・多くある・ところ」ではないかと考えたようです。

「永田地名解」には、まるで親の仇であるかのように真っ向から批判を加えていた知里さんですが、「ハルウシ」が「ワニシ」に化けたんじゃないかという説については「考えられなくもない」という反応でした。

「ハルウシ」が約つてハルシになり、ワルシになり、和人訛の通則に従つてワヌシになつたと考えられなくもない。ハルシがワヌシになるのは、ヘロクハシがヘロクワシになるようなものである。松浦日誌は、ワヌシ、ホンハニシ、ホロハニシなどを混記している。ワニシはワヌシの転訛であろう。永田地名解には、「ワヌシ」ト云フハ「ハルウシ」ノ転訛ナリ、とあるが、その転訛の過程には言及していない。
知里真志保山田秀三「(復刻版)室蘭・登別のアイヌ語地名『室蘭市アイヌ語地名』」知里真志保を語る会 p.12 より引用)

最後にチクっとジャブが入っているような気もしないでもないですが……(笑)。

なお、現在の地名(駅名)は「本輪西」で、別に南の半島側に「輪西町」「輪西駅」がありますが、これは本輪西のあたりから地名が引っ越したパターンのようです。他ならぬ「室蘭」もそうですが、輪西の場合は「本輪西」として旧地名が残ったようです。

イカクシ川

koyka-kus(-{wanusi})
東・通行する(・{輪西川})
(典拠あり、類型あり)

本輪西町の東隣は「港北町」ですが、港北町の市街地の真ん中を「コイカクシ川」が流れています。「竹四郎廻浦日記」に「ポロワニシ」とあるのが現在の「コイカクシ川」のようです。また「コイカクシ川」自体はカタカナで記されていますが、支流には「恋隠し 2 の沢川」「恋隠し 3 の沢川」という風に「恋隠し」という字が当てられています。これはなかなか傑作ですよね。

さて、その隠された恋の行方ですが、知里さんの薄い本「室蘭市アイヌ語地名」には次のように記されていました。

(3) ポロワニシ。「ポロ・ワヌシ」(<poro-Wanusi〔親である・輪西川〕〔輪西川の親川〕)。前項のポンワヌシに対して親川と呼んだのだ。コイカクシワニシとも呼んだらしい。「コイカ・クㇱ・ワヌシ」(Kóyka-kus-Wanusi〔東・を通る・輪西川〕)。
知里真志保山田秀三「(復刻版)室蘭・登別のアイヌ語地名『室蘭市アイヌ語地名』」知里真志保を語る会 p.12 より引用)

はい。やはり koyka-kus(-{wanusi}) で「東・通行する(・{輪西川})」と考えて良さそうですね。隠された恋の行方はそれほど謎めいたものではなかったようです。

知利別(ちりべつ)

chir-pet
鳥・川
(典拠あり、類型あり)

東室蘭駅の北に位置する集落の名前(知利別町)で、同名の川(知利別川)もあります。

知利別のことについては、ささっと知里さんに聞いてしまうのが早いでしょう。ということで今回も「室蘭市アイヌ語地名」から。

(二二) チリベツ(塵別)。原名「チㇽペッ」(Cirpet)。語原「チㇽ・ペッ」(<cir-pet〔鳥・川〕)。昔は数万の鴨がこの川に群集して、川がそのために真黒に見えるほどだつたという。
知里真志保山田秀三「(復刻版)室蘭・登別のアイヌ語地名『室蘭市アイヌ語地名』」知里真志保を語る会 p.13 より引用)

はい。どうやら chir-pet で「鳥・川」だったと考えて良さそうですね。面白いのは、元々は「知利別」ではなく「塵別」という字が当てられていたことです。さすがに「塵」の字を地名に使うのは気が咎めたのか、昭和 4 年の時点では「知利別町」になっていたみたいです。

ところで、「角川──」(略──)にちょっと気になる記載を見つけました。

 ちりべつ 知利別 <室蘭市>
古くはツルベツ・チクベツともいった。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.888 より引用)

へぇぇ。「ツルベツ」はさておき、「チクベツ」だと違った由来の存在も想定したくなります。chuk-ipe と言えば「秋の魚(鮭)」を意味しますが、ただ「アイヌ語方言辞典」を見ると chuk-ipe はどちらかと言えば東の方の語彙のようなので、今回は違うと見て良さそうでしょうか。

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