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「日本奥地紀行」を読む (127) 神宮寺(大仙市) (1878/7/21)

イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日は引き続き、普及版の「第二十信(続き)」(初版では「第二十五信(続き)」)を見ていきます。

この記事内の見出しは高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。当該書において、対照表の内容表示は高梨謙吉訳「日本奥地紀行」(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳「バード 日本紀行」(雄松堂出版)の内容を元にしたものであることが言及されています。

慰めのない日曜日

「日本奥地紀行」は、章の副題として「神宮寺にて 七月二十一日」と言った風に所在地と日付が記されています。一章につき数日分の出来事が記されているのが常なので、出来事のあった日付は副題から逆算することで求めることができます。

1878/7/21 は日曜日で、続く「第二十一信」は「月曜日の朝に──」で始まっているため、イザベラは神宮寺で一泊したと想定されます。ところが……

午後には小さな行列が家の前を通った。一台の飾られた駕籠を僧侶が担いで、ぞろぞろ歩いていた。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行平凡社 p.248-249 より引用)

これまでの内容から、イザベラは 7/21(日) の朝に横手で神社を散策して、午後には六郷で「社会見学」した後で神宮寺に到着したと推定していました。イザベラが翌朝に神宮寺を発ったのだとすれば、「午後には──」で始まる経験ができる筈が無いので、どこかに間違いが潜んでいることになりますね。

ここ数日分の旅程が一日前倒しで進んでいた可能性について確認してみたのですが、どうやらイザベラが金山に逗留したのが三泊ではなく二泊だった……と思えてきました。つまり、イザベラが横手で神社を散策したのは 7/20(土) の朝だったことになります。7/20(土) が「友引」なのが気になりますが、明治新政府六曜の暦注を禁止したという話もあるため、気にするべきでは無いのかもしれません。

そしてイザベラは神宮寺で二泊したことになるので、日曜日の午後に次のようなイベントを目にした、ということになりそうです。

僧侶たちは真っ赤な式服や白い法衣の上に肩マントやストラ(祭服)をかけていた。この箱には紙片が入っていて、人々の恐れる災害や人間の名前が書きこんであるという。僧侶たちはこの紙片を川に持っていって捨てるのである。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行平凡社 p.249 より引用)

それにしても……これは何なんでしょう。僧侶が神輿を担いでいるかのように見えてしまうのですが。

無法な侵入

イザベラは「慰めのない日曜日」をまるまる休息に費やし、翌朝の出発に備えて早く寝ることにしたようですが……

眼を閉じると、九時ごろ足をひきずって歩く音やささやき声でざわざわし、しばらく続くので、眼を上げたところ、向かい側に約四十人の男女と子どもたち《伊藤は百人だという》が、顔を灯火に照らされながら、みな私の姿をじっと見ていた。彼らは、廊下の隣の障子を三枚、音もなく取り去っていたのである!
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.249 より引用)

うわー……。イザベラはさらっと「事実」を記していますが、これ、読めば読むほど恐怖……ですよね。部屋で寝入ったところ、いつの間にか壁が取っ払われて数十人以上に寝姿を監視されていた、ということですからね。

さすがのイザベラも恐怖に慄いたのか、大声で伊藤を呼び出します。イザベラが騒いだだけではその場を立ち去ろうとしなかった群衆も、伊藤がやってきたことでようやく逃げ去ります。見世物扱いされることには慣れていたイザベラも、さすがに今回の仕打ちは堪えたようで……

私は、戸外で群集が集まってきてじろじろ見られることには、辛抱強く、ときには微笑してがまんしてきた。しかし、この種の侵入には耐えられない。伊藤は反対したけれども、彼を警察にやって、家から人々を追い出してもらおうとした。宿の亭主にはそれができないからである。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.249 より引用)※ 原文ママ

警察に事態の収拾を依頼するしか無い、との結論に至ったのでした。

じっと見る特権

興味深いことに、伊藤は警察の介入に反対していました。それが「事なかれ主義」によるものなのか、それとも他に理由があったのかは明らかではありませんが、もしかしたら「警察を呼んだところで碌なことにならない」という確信があったのかもしれません。

今朝私が着換えを終わると、一人の警官が私の部屋にやってきた。表面上は人々の不作法を詫びるためであったが、実際には警察の特権で私をじろじろ見ていた。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.249 より引用)

伊藤にしてみれば「ほら、やめたほうが良いと言ったでしょ」となるのでしょうか。失望を隠せずにいたイザベラに対して、伊藤は渾身のジョークで追い打ちをかけます。

特に彼は、私の担架式寝台と蚊帳からほとんど眼を離さなかった。それらを見世物にすれば一日一円儲けることができる、と伊藤は言っている!
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.249 より引用)

イザベラが担架式寝台と蚊帳によるビッグビジネスの可能性に思いを馳せる中、件の警官氏が事の真相を激白します。

人々は今まで外国人を見たことがないものだから、と警官は言った。
イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.250 より引用)

うん、知ってた。

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