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石北本線ほぼ各駅停車 (25) 「丸瀬布」

特別快速「きたみ」は瀬戸瀬をして西に向かいます。(2017 年)3 月 19 日に延伸したばかりの「旭川紋別自動車道」が見えています。供用開始から 1 ヶ月ちょいなので、まだまだピッカピカですね。

【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 4 月~ 5 月時点のものです。新型コロナウイルス感染症パンデミックにより、各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

旭川紋別自動車道が随分と近くに寄ってきました。石北本線の右隣には国道 333 号が通っていて、ここは湧別川沿いの交通の要路が一堂に会する場所……と言えそうでしょうか。

伊奈牛駅(廃止)

かつての紋別郡丸瀬布町(現在は紋別郡遠軽町)に入ってすぐのところに「伊奈牛駅」という駅があったのだそうです。1956 年に「伊奈牛仮乗降場」として設置され、1987 年に JR 北海道が発足した際に駅に昇格したものの、僅か 3 年半で廃止されてしまったとのこと。

廃止駅が少なくない石北本線ですが、JR が発足して 3 年ちょいで廃止されたのは(石北本線では)伊奈牛駅が唯一の例のようで、よほど利用が期待できなかった……ということなんでしょうか。仮乗降場時代の航空写真を見ると、(当時の)国道沿いには農家っぽい家屋がいくつもあり、人の気配が皆無だったようには見えません。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

あまりに廃止が早い気がするので、「利用者僅少」以外にも廃止したい理由があったんじゃないかな……と勘ぐってしまいます。たとえば、駅のあるところがびみょうに片勾配だった……とか?(根拠のない憶測ですが)

丸瀬布の市街地が見えてきました。かつての伊奈牛駅から丸瀬布駅までの距離は 2.9 km ということで、石北本線としては駅間が短い……と判断されたのもあったかもしれません(同じく廃止された新栄野駅と瀬戸瀬駅の間は 3.3 km とのこと)。

丸瀬布駅(A48)

進行方向左側に側線が見えてきました。丸瀬布駅に到着です。

随分と立派な駅舎の前には、なんと撮り鉄の方が。丸瀬布駅は 1 面 2 線の島式ホームで、立派な駅舎との間は構内踏切での移動です。瀬戸瀬駅に跨線橋があったことがますます謎になりますね……。

構内踏切の横には標識サイズの駅名標?が。これは中々レアなのでは……?

特別快速「きたみ」は 1 番線に入線しました。線路脇のフェンスには「SL と昆虫のまち丸瀬布」の文字が。「SL」は森林鉄道の「雨宮 21 号」で有名ですが、「雨宮」が保存されている場所の近くに「丸瀬布昆虫生態館」があるそうで……。

そして、よーく見るとこんなところに「本場の味」が。

街のフラッグシップ

特別快速「きたみ」丸瀬布を出発しました。それにしても随分と立派な駅舎ですが、2005 年に遠軽町と合併する前は「丸瀬布町」の玄関口だったので、それらしい風格を湛えた駅舎が求められた……ということでしょうか(駅舎改築は 2000 年とのこと)。

駅のすぐ近くには蒸気機関車のイラストが描かれた建物が。「おでこ」に「21」とあるのは「雨宮 21 号」を表しているのでしょうね。

そして奥の方には、これまた風格のある建物が。どうやらかつての「丸瀬布町役場」っぽいのですが、T 字路の正面に立派な 5 階建てというのは、街のフラッグシップ感が凄いですよね。

駅の南西側には僅かに雪が残っていました。雪捨て場でしょうか?

雪捨て場と思しき空き地の横には「丸瀬布公用車車庫」が。おそらく除雪車の車庫だと思うのですが、「公用車」という表現が面白いですね(町有の除雪車だったら「公用車」ということになる?)。

この橋脚は

丸瀬布川」を渡ります。え、この橋脚は……?

石北本線の橋梁が改築されたということではなく、どうやらかつての森林鉄道(武利意森林鉄道)の橋脚が撤去されずに残されている……ということのようです。1963 年に廃止された森林鉄道の痕跡が、こんな風に目に見える形で普通に残っているんですね。

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