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北海道のアイヌ語地名 (1078) 「入境学」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

入境学(にこまない)

not-ke-oma-nay?
崎・の所・そこにある・川
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

賤夫向せきねっぷの 1.3 km ほど西に位置する地名です。「釧路町の難読地名コレクション」その 6 ……ということになりそうですね(#1「重蘭窮」、#2「知方学」、#3「老者舞」、#4「分遣瀬」、#5「賤夫向」)。

東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「ニヲケヲマナイ」と描かれています。ありゃー、いきなり結構な違いがありますね……。「改正北海道全図」(1887) には記入がありませんが、「北海道地形図」(1896) には「ニオッケオマイ」と描かれています。

陸軍図には「マナイ」とあるので、「入境学にこまない」という地名表記は明治後期から大正にかけて確立した……ということでしょうか?

入境内?

釧路町史(「昆布森沿岸の地名考」がネタ元のようです)には次のように記されています。

 ニコマナイ(入境内) 川尻に流木の集まる川
 この地名には二つの説がある。蝦夷地名解では、ニオッケ・オマ・ナイ(桶・小川に桶あるを見て)名づくとあり、アイヌ語地名解では(昔、桶が流れついたところから名付けた)とあるが、アイヌ語辞典から考えると、「ニ(流木・より木)コ(……に向って)オ(川尻)マ(泳ぐ)ナイ(川)」と解釈すると、川尻に流木の集まる川となる。
釧路町編集委員会釧路町史」釧路町役場 p.126-127 より引用)

色々と不思議な文章なので、真っ先に引用してみました。まずそもそもの地名から「入境学」ではなく「入境内」となっていますが、そういう流儀もあったのか、それとも単なる誤字なのか……?

そして「二つの説がある」としながら前者は「ニオッケ・オマ・ナイ」(≒ニオッケオマイ)を解釈したもので、後者は「ニ・コ・オ・マ・ナイ」(≒入境学)を解釈したものです。これは二通りの言い回しがずっと共存していたのであれば問題ないのですが、もし「ニオッケオマイ」が時を経て「ニコマナイ」に転訛したのであれば、後者の地名解は全く意味をなさないことになります。

更に言うと、ni-ko-o-ma-nay という解釈は珍妙な感じがするものです。おそらく文法的にもおかしいのでは、と思わせます。

まさかの「荷桶のある川」説

「初航蝦夷日誌」(1850) には「ニヨケヲマナイ」と記されていました。また「午手控」(1858) にも次のように記されていました。

ニヲケヲマナイ
 大古始て樽と云もの三ツ此処え寄り上りし時、始て見て何ともしれず悦びて此名をつけしと云
松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 六」北海道出版企画センター p.341 より引用)

……。これ、もしかして「荷桶」が流れ着いたから「荷桶のある川」だ、という説だったりしませんか……? つまり永田方正更科源蔵の各氏のみならず、松浦武四郎も「荷桶」説ということに……?

「流木が絡みつく川」?

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) には、永田地名解 (1891) と「昆布森地名考」の解を紹介した上で、次のように記されていました。

 ニ・オッケ・オマ・ナィ「ni-otke-oma-nay 木(流木)・からみつく・(そこ)にある・川」と解したい。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.282 より引用)

あー、だいたいそんなところでしょうね。ただ otke は一般的には「突き刺す」と解釈されるので、ni-otke というのはちょっと妙な感じがします。

「木が放屁する川」??

otke ではなく opke という可能性は無いかな……と考えてみました。opke は「屁をする」という意味なのですが(汗)、「植物編」(1976) によると「キタコブシ」の木を opke-ni で「放屁する・木」と呼ぶケースがあるとのこと。「萱野茂のアイヌ語辞典」(2010) には次のように記されていました。

オㇷ゚ケニ【opke-ni】
 コブシ,キタコブシ.▷オㇷ゚ケ=屁 二=木→枝を折ると臭いので屁をする木と名づけた
萱野茂萱野茂アイヌ語辞典」三省堂 p.179 より引用)

ということで、{opke-ni}-oma-nay であれば「キタコブシ・そこにある・川」となる可能性が出てくるのですが、「オㇷ゚ケニオマナイ」ではなく「ニヲケヲマナイ」なんですよね……。だとすると ni-opke-oma-nay で「木・屁をする・そこにある・川」か……と思ったのですが、良く考えると oma の前に動詞が来るのはおかしいですよね。

となるとやはり opke-ni ではなく ni-opke と呼ぶ流儀があった……と考えるしか無いのですが……(苦しい)。

「岬のところにある川」?

あるいは……という仮説ですが、not-ke-oma-nay で「崎・の所・そこにある・川」という考え方もできるんですよね。入境学の海岸には丸くカーブした崖状の地形があるので、これを「岬」と呼んだとしても違和感はありません。

「老者舞」が「河口の岩の傍の川」だったとしたら、「入境学」が「岬のところの川」だったとしても不思議はない……というか、むしろ合理的なんですよね。ただ「ノッケオマナイ」が「ニコマナイ」になるには「ノ」が「ニ」に化ける必要があり、これもちょっと厳しいのですが……。

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