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アイヌ語地名の傾向と対策 (252) 「モイレウシ川・ペキンノ鼻・滝ノ下」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)

モイレウシ川

moyre-us
静かである・入り江

 

(典拠あり、類型あり)

羅臼町化石浜から北に 2 km ほど進んだところで海に注ぐ川の名前です。河口のあたりは砂浜になっていて、砂浜の北端には 4~5 軒ほどの番屋が見られます。砂浜の南北に岩が聳えていて、砂浜である以外は「天然の良港」の条件を兼ね備えた地形ですね。

では、今回は久々に山田秀三さんの「北海道の地名」から。

モイレウシ
 ペキンノ鼻から約2キロ南,両側を大岩岬で囲まれた入江で,モイレウシ川(モイレウシナイ)が注いでいる。モエレウシとも,モイルスのようにも訛って呼ばれる。
山田秀三北海道の地名」草風館 p.227 より引用)

おや、このあたりは -pet が多い土地柄かと思ったのですが、ここは -nay でしたか。ここはどうやら moyre-us で「静かである・入江」と考えて良さそうですね。

ちなみに、このあたり一帯の地名もかつては「モイレウシ」でしたが、昭和 36 年に「船泊」に改称されています。うん、割とそのまんまですね。

ペキンノ鼻

peken-not
明るい・岬

 

(典拠あり、類型あり)

モイレウシ川から 1.5 km ほど北に進んだところで海に注ぐ「ペキン川」という川があり、その河口から 0.5 km ほど北に「ペキンノ鼻」という岩岬があります。

今回は「羅臼町史」を見てましょう。

○ペキンノ鼻
 船泊、滝ノ下の境になっている岬。夷名ヘケレノツで「明き岬」との意味。
羅臼町史編纂委員会・編「羅臼町史」p.60 より引用)

ちなみに、松浦武四郎の「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌」にも次のようにあります。

     ヘケレノツ
此処一ツのまた岬になり、此山樹木なくして明るきによつて号る也。ヘケレは明るき、ノツとは岬に成る事也。此辺岩皆横すじ有。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.28 より引用)

ふむふむ。「羅臼町史」の解は松浦武四郎の解に由来するようですね。

ところが、永田地名解には次のように記されていました。

Pereke not  ペレケ ノッ  破岬

一見すると同じに見えるのですが、実は pekerperke でびみょうに違うのです。永田地名解にはご丁寧にこんな注釈までありました。

松浦日誌「ペケレノッ」ニ作リ明ルキ岬トアルハ誤ナリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.387 より引用)

さて、このように pekerperke で解釈が揺れている「ペキンノ鼻」ですが、山田秀三さんは次のように記していました。

現在の名はペケレ・ノッ(明るい,木が生えていない・岬)の方の名残りらしい。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.227 より引用)

やはりそうなりますか。まだ続きがありまして……

peker-not の r が次の音の n にひきつけられて n に転音するのはアイヌ語のくせである。それが訛って今のペキンノとなり,更に岬の意味の鼻がつけられたものらしい。
山田秀三「北海道の地名」草風館 p.227 より引用)

あっ、なるほど! peker-not が音韻変化で peken-not になったということですね。意味をおさらいしておくと「明るい・岬」となりますね。

ちなみにこの「ペキンノ鼻」は、あの「ひかりごけ事件」の舞台となった場所です。

滝ノ下(たきのした)

uka-kor-us???
石が重なり合っている・持つ・入江

 

(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)

「ペキンノ鼻」から(直線距離で)3 km ほど北にある地名です。集落の南側には「滝川」が流れ、北側には「メオトタキ川」と「メオトタップ川」が流れています。「メオトタキ川」には「男滝」が、「メオトタップ川」には「女滝」があるようですね。

では、今回も「羅臼町史」から。

滝ノ下
○クチヤクロウス
 字名改正で滝ノ下(たきのした)と称す。夷名クチヤクリウスで「大な奇岩重たり」と訳す。
羅臼町史編纂委員会・編「羅臼町史」p.60 より引用)

ふーむ。なんだか良くわからない解ですね。確かに「男滝」「女滝」の南北の海上にはいくつか岩礁があるようですが……。

ちょっと良くわからないので、「角川──」(略──)を見てみましょうか。

 たきのした 滝ノ下 <羅臼町>
〔近代〕昭和36年~現在の羅臼町の行政宇名。もとは羅臼村の一部,ヌイシャリウス・クチャコロウス。地内には夫婦滝(男滝・女滝)がある。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.832 より引用)

ふむふむ。ヌイシャリウスにクチャコロウスですか。なんとなくわかってきたような気がします。「ヌイシャリウス」は nu-ichani-us で「豊かな・その鮭鱒の産卵穴・ある」となるのでは無いでしょうか。

「クチャコロウス」は kucha-kor-us で「(常設の)小屋・持つ・いつもする」ではないかな、と思います(平取に「苦茶古留志山」という山があるのですが、それと同じかな、と)。

2020/8/14 追記
「クチャコロウス」ですが、「羅臼町史」の解に沿う形で考えてみた場合、uka-kor-us で「石が重なり合っている・持つ・入江」と読める……かもしれません。音韻転倒が前提ですので少々厳しいですが、それっぽく解釈できるようにも思えます。

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