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北海道のアイヌ語地名 (872) 「ウロンナイ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ロンナイ

uru-nay??
海岸・川
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)

ノシャップ岬の南、稚内駅から見て西側に位置する「西浜一丁目」で海に注いでいる川の名前です(特別養護老人ホーム富士見園から 0.5 km ほど南側)。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ウロナイ」という名前の川(と思われる)が描かれていて、「再航蝦夷日誌」と「竹四郎廻浦日記」には「ヲロンナイ」と記録されていました。

明治時代の地形図には「ウロナイ」という名前の川が描かれていましたが、大正時代に測図された、いわゆる「陸軍図」には「ウロン内」と描かれていました。「潤」を「ウロン」と読ませるのはなかなか傑作なのではないかと……。

謎の「ウロ草」

永田地名解には次のように記されていました。

Uro nai  ウロ ナイ  ウロ草ノ澤 ウロハ草名ナレドモ和名未詳

「『ウロ』は草の名前だけど和名は不明」とあり困ってしまいますが、幸いなことに「戊午日誌」にヒントが記されていました。

またしばし過て
     ウロナイ
此処も小川也。其上前に云如く崖なり。此沢目は懸鉤子キイチゴ(原注)多きによつて号しもの也。夷言懸鉤子をしてウロと云、イチゴ(原注)をしてイマウレといへり。依て美しき(号しもの)もの也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.390-391 より引用)※ 原文ママ

きいちご・木苺・懸鉤子

この本文の上に、次のような頭註が付されていました。

きいちご
懸鉤子
イマウリ
イマレフレップ
木苺
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.391 より引用)

「懸鉤子」と「木苺」のどちらも「きいちご」と読むので、頭註で書き分けられている意味が今ひとつ釈然としませんが……。

知里さんの「植物編」には「キイチゴ」という項こそ無いものの、「イチゴ」関連の語として「ウラジロイチゴ」「エゾイチゴ」「エゾクサイチゴ」「エビガライチゴ(ウラジロイチゴ)」「クマイチゴ」「クロイチゴ」「コガネイチゴ」「シロバラノヘビイチゴ」「タチイチゴ」「チシマイチゴ」「ナワシロイチゴ」「ノォゴイチゴ」「ホロムイイチゴ」などが掲載されていました。

戊午日誌の「頭註」にあった「イマウリ」と「イマレフレップ」を「植物編」から探してみると……、「エゾイチゴ(果実)」を沙流方言で emawri と呼んだとありますね。「地名アイヌ語小辞典」にも次のように記されていました。

emawri エまゥリ イブリ及びヒダカのサル地方ではイチゴの果実。北部方言ではエンレエソオの果実(俗に山ソバ)。
知里真志保地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.25 より引用)

あ、なるほど。emawri を「イチゴの果実」とするのはやはり胆振や日高あたりの言い回しで、道北では「エンレイソウの果実」を意味するのですね。

hurep はイチゴかコケモモか

「イマレフレップ」については「植物編」などでは確認できなかったのですが、「藻汐草」に「イマレフレツプ」という語が記録されているとのこと。「フレップ」は hure-p で「赤い・もの」ですが、hurep で「イチゴの果実」を意味するとのこと(確かに「イチゴ」は赤いですもんね)。

となると「イマレフレップ」は emawri-hurep で「イチゴ・イチゴ」ということになりそうですが、山田秀三さんによると hurep が「こけももの実」を意味する場合もあるとのこと。

興味深いことに、hurep が「こけももの実」であるとする説は、山田さん以外からはあまり聞こえてきません。その理由として「ツルコケモモ」を意味する katam という語があることが挙げられるのですが、知里さんの「植物編」には次のように記されていました。

§ 91. ツルコケモモ Vaccinium Oxycoccus L.

( 1 ) katam (ka-tám) 「カたㇺ」 果實 《長萬部,幌別,斜里,樺太[雅語]》
( 2 ) katamka-urep (ka-tám-ka-u-rep) 「カたㇺカウレㇷ゚」 [katam(<katam-sar ツルコケモモ・原) ka (の上の) hurep (赤い實)] 果實 《美幌》
( 3 ) huturex (hú-tu-rex) 「ふト゚レ」 [<hú-turep 生の・果實] 果實 《樺太
  注.──或いわ,hu わ húre(<hu-ne)の語根で,hu-turep わ「赤い・果實」の義か。

「『ツルコケモモ(の実)』は katam である」としながらも、樺太方言として huturex(あえてカナ表記すると「フトゥレㇷ」あたりか)という語が存在し、そしてそれは hure と関連する *かもしれない* としているように見えます。

「ウロ」って何?

そろそろ何の話をしていたか忘れ去りつつあるようにも思えますが、「ウロンナイ」あるいは「ウロナイ」の「ウロ」って何? という話でした。素直に解釈すれば woro で「うるかす」(水に漬ける)かと思われるのですが、松浦武四郎は「キイチゴが多いため」と記していました。

「イチゴ」を意味する語は emawri あるいは hurep あたりがある……となると、「ウロ」は hure の成れの果てと考えるしか無いのでしょうか。ただ hure が転訛したというケースがこれまで記憶にないのですね。

「宗谷アイヌ」の操る方言が、海の向こうの「樺太アイヌ」の影響を受けたものであることも十分考えられるため、「樺太アイヌ語地名小辞典」も眺めてみたのですが、少なくとも hure が転訛すること無く地名になっているケースがあるようでした。枝幸町の「風烈布」を始め、道内各所と樺太hure 系の地名があるとなると、稚内に限って hure が「ウロ」に化けたと考えるのも無理があるように思えるのです。

永田方正が記録した「ウロ草」の正体が、松浦武四郎が記録した通りに「キイチゴ」なのではないかと考えたのですが、hurep が化けたとは考えにくい……というところまでやってきました。となると emawriema が抜け落ちたか……と考えたくなりますが、そう都合よく抜け落ちるとも思えないのですよね。

uru =「海岸」説

樺太アイヌ語地名小辞典」を眺めていて面白いことに気づいたのですが……せっかくなので引用してみましょうか。

678 ウルイ (1) (東宇類) 元泊郡。(2) (西宇類) 本斗郡好仁村宗仁の北。「ウル・イ」uru-y 【海岸・の所】。官11。
(佐々木弘太郎「樺太アイヌ語地名小辞典」みやま書房 p.180 より引用)

これによると、uru が「海岸」を意味するように読めます。手元の辞書にはそのような解釈は見当たらないのですが、rur で「海水」と解釈できる語があります(「留萌」の原型とされる「ルルモッペ」の「ルル」です)。

rur は「海水」または「潮」「潮流」を意味するとされますが、もしかしたら rur-o で「海水・そこにある」が転じて「海岸」と解釈できたり……しないでしょうか。少なくとも南樺太の西岸にある「ネベリスク」(本斗)近郊で uru が「海岸」を意味すると考えた人がいたことは確かで、同様に uru-nay で「海岸・川」 と解釈できないかなぁ……と思い始めています。

謎の uru ですが、これが rur-o の成れの果てであると仮定すると、uru ではなく uro として記録されたのも説明できるんじゃないかな……と。「海岸の川」とは恐ろしくありきたりなネーミングですが、東側の「トベンナイ川」を遡ると「ウロンナイ川」に出るという点も考慮すべきなのかもしれません。

「ウロンナイ川」の北隣の川(特別養護老人ホームのすぐ南を流れる川)は、現在は直接海に注いでいますが、古い地形図では現在の「ウロンナイ川」と合流してから海に注いでいたように描かれています。本来の「ウロナイ」は現在の「ウロンナイ川」の北隣の川だった可能性もあるかもしれません。

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